20世紀・シネマ・パラダ イス

filmbar
Dodsworth

     孔雀夫人
     Dodsworth
     監督:ウィリアム・ワイラー
     (1936年/アメリカ)
filmbar

 
 名匠ウィ リアム・ワイラー監督の出世作

 サム・ダズワースは、20年間 心血を注いできた自動車会社を売却した。売却先からは、好待遇での副社長のポストを提示されたが、それも辞退した。
 サムは、愛する妻の長年の夢である欧州旅行へ出立するために自由人となり、第2の人生へ歩み出そうと心に決めていた。
Dodsworth-1

Dodsworth-2
  サムの妻フランは、 スイスで教育を受けたこともあり、欧州の伝統と文化に憧れを抱いており、アメリカは健全なだけで低俗であると嫌っていた。
 ダズワース夫妻は豪華客船クィーン・メリー号に乗船し、「人生の楽しみ方を学ぶため」、まずは英国を目指して旅立った。

 若作りのフランは、船中で知り合った英国人のロ カートに言い寄られていた。妻が誘惑されているのにも気付かず、ビショップ・ロック灯台の灯が見えたこ とにはしゃいでいる夫のサムに、フランは内心呆れていた。
 サムは、離婚して1人でイタリアに住んでいるコー トライト婦人と知り合った。
Dodsworth-3 Dodsworth-5

 ある晩、フランはロカートに侮 辱された。「挑発したのは君の方だ…。軽い情事は日常茶飯事とお見受けした…」。フランはロカートがいるロンドンへ行くことを嫌がり、夫妻 は予定を変えてパリへ向かうことになった。
Dodsworth-6 Dodsworth-7

 夫妻はパリに着いた。サムが名所巡りを楽しむ一方、フランはペナプール夫人ら上流階級の知人たちとの交流を楽しんでいた。
 フランの誕生日パーティーで、彼女は知り合って間もないイズリンから言い寄られた。それに気 付いたコートライトが、誘いに乗るのは危険だと忠告したが、フランは聞く耳を持たなかった。
Dodsworth-8 Dodsworth-9


  


  主な出演者など 

Dodsworth-38  サム役 … ウォルター・ヒューストン
 フラン役 … ルース・チャタートン
 コートライト役 … メアリー・ア スター
 イズリン役 … ポール・ルーカス
 ロカート役 … デヴィッド・ ニーヴン

 ・アメリカ初のノーベル賞作家シンクレア・ルイス原作の舞台劇を映画化した作品で、サム役 のウォルター・ヒューストンは舞台でも主役を務めていた。
 (右の写真)ルース・チャタートン、ウォルター・ヒューストン
Dodsworth-40

Dodsworth-39  ・アカデミー賞の作品賞、監督賞、主演男優賞など7部門でノミネートされたが、受賞は室内 装 置賞のみに止まった。アカデミー賞の監督賞に歴代最多の12回もノミネートされたウィリア ム・ワイラーが、初めてノミネートされた出世作。
 (左の写真)撮影時。手前の3人、左から、
 キャサリン・マーロウ(娘のエミリー役)、
 ウォルター・ヒューストン、ワイラー監督


  ピック・アップ … ルース・チャタートン

Ruth Chatterton
 Ruth Chatterton  1892-1961 (アメリカ)

 ・1892年、ニューヨーク生れ。14歳の時からブロードウェイでコーラスガールとして活躍。 
 
 ・『父と子』(1928年)で銀幕デビュー。『マダムX』(1929 年)、『サラアとその子』(1930年)で2度アカデミー賞主演女優賞にノミネートされ た。

 ・『孔雀夫人』 の撮影時には、役作りでウィリアム・ワイラー監督と激しく衝突し、監督の顔を平手打ちしたこともあったとか。本作が最後のハリウッド映画で、ハンガリー映 画『A Royal Divorce(1938 年)に出演後、映画界から引退。
Sarah_and_Son Dodsworth-41
『サラアとその子』 (1930年)
フレドリック・ マーチ
『孔雀夫人』(1936 年)
ウォルター・ヒューストン(左)、ポール・ルーカスと


 ・小説家、女性飛行士としても活躍。1948年、10年ぶりにTVドラマで女優とし てカムバックした。

 ・1961年68歳で他界。


HOME