20世紀・シネマ・パラダイス

hearttbar
Maria_Schell

マリア・シェル

Maria Schell

 1926-2005(オーストリア)

 

heartbar


   代表作

Die_Letzte_Brucke
Gervaise
最後の橋
Die Letzte Brucke
(1954年/オーストリア・ユーゴスラビア)
居酒屋
Gervaise
(1956年/フランス)
Le_notti_bianche The_Hanging_Tree-3
白夜
Le notti bianche
(1956年/伊・仏)
縛り首の木
The Hanging Tree
(1959年/アメリカ)


      『居酒屋』で国際的なスターに

 ・1926年、オーストリアのウィーン生れ。父親はスイス人で作家、母親はオーストリア人で女優だった。弟のカール・シェル(長男)、マクシミリアン・シェル(次男)、妹のイミー・シェルも俳優となった。

 ・1938年、オーストリアがナチス・ドイツに併合され、一家でスイスへ移住。16歳の時にスカウトされ、『Steibruch(1942年)で銀幕デビュー。その後、本格的に演技を学び、戦時中は舞台女優として活動した。
 (右の写真)『Steibruch
Steibruch

Die_Letzte_Brucke
 ・戦後、1948年から再び映画に出演するようになり、オーストリアとユーゴスラビアの合作『最後の橋』(1954年)での演技でカンヌ国際映画祭の特別賞を受賞。
 (左の写真)『最後の橋』

 ・『居酒屋』(1956年/監督:ルネ・クレマンでの演技でヴェネツィア国際映画祭の主演女優賞を受賞。
 日本では、『最後の橋』と『居酒屋』が同じ年(1956年)に公開され、キネマ旬報ベスト・テンで『居酒屋』が第1位、『最後の橋』が第5位にランクされ、洋画誌「スクリーン」の読者人気投票で彼女は女優の第1位に選出された。
 (右の写真)『居酒屋』
Gervaise

Rose_Bernd
Le_notti_bianche-2
『枯葉』(1957年/西独)
ラフ・ヴァローネ

『白夜』(1957年/監督:ルキノ・ヴィスコンティ
マルチェロ・マストロヤンニ


The_Brothers_Karamazov
 ・ハリウッドに進出して『カラマゾフの兄弟』(1958年/監督:リチャード・ブルックス)に出演。『居酒屋』がアカデミー賞の外国語映画賞にノミネートされ、授賞式に出席するためハリウッドへ行った際、ユル・ブリンナーと会ったことが出演のきっかけになった。
 (左の写真)『カラマゾフの兄弟』 ユル・ブリンナーと

Une_vie
For_Whom_the_Bell_Tolls_1958
『女の一生』(1958年/フランス)
クリスチャン・マルカンと

米TVドラマ「誰が為に鐘は鳴る」(1958年)
マリア・シェル(右から3番目)
The_Hanging_Tree
Cimarron
『縛り首の木』(1959年)
ゲーリー・クーパー
『シマロン』(1960年)
グレン・フォード

 ・『シマロン』出演後は欧州の作品を中心に出演したが、日本ではほとんど公開されなかった。日本でも公開された『オデッサ・ファイル』(1974年/英・西独)では弟のマクシミリアン・シェルと共演し、その後、『さすらいの航海』(1976年/英)、『スーパーマン』(1978年/米)、『サン・スーシの女』(1982年/仏・西独)等に出演した。
David_Bowie_&_Maria_Schell Superman
『ジャスト・ア・ジゴロ』(1978年/西独)
デヴィッド・ボウイと
『スーパーマン』(1978年)
マーロン・ブランド


 ・晩年、弟のマクシミリアン・シェルが監督したドキュメンタリー映画『我が姉マリア』(2002年/日本未公開)が製作された。
 (右の写真)『我が姉マリア』 マクシミリアン・シェルと

 
2005年79歳で他界。
Meine_Schwester_Maria


Maria_Schell-2
Maria_Schell-3


HOME