20世紀・シネマ・パラダ イス

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100 Men and a Girl

     オーケストラの少女
     100 Men and a Girl
     監督:ヘンリー・コスター
     (1937年/アメリカ)
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 世界を魅 了した 「天使の歌声」

  当代きっての人気指揮者ストコフ スキーのコンサート会場。失業中のト ロンボーン奏者ジョン・カードウェル無断で舞台裏に潜入し、楽屋へ戻ってきたスト コフスキーに仕事を求めて直談判した。
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 ストコフスキーのマネージャーに仕事を断られ、意気消沈して家路についたジョンは、劇場の 前で婦人用のバッグを拾い、管理事務所へ届けに行った。しかし、ジョンの顔を覚えていた管理人は、また求職に来たと早合点して、ジョンを追い払った。

  

  主な出演者など 

100Men-37   ・パッツィ役 …  ディアナ・ ダービン 
  ・ジョン役 … ア ドルフ・マンジュー 
 ・ストコフスキー役 … レオポルド・ストコフスキー (本人)
 ・マイケル役 … ミーシャ・オウア 
 
フロスト夫人役 … アリス・ブラディ 

  ・前年(1936年)、『天 使の花園』 の大ヒットで一躍人気スターとなったディアナ・ダービンが、前作と同じ製作者のジョー・パスターナク、ヘンリー・コスター監督と組んだ作品。
 世界中で前作を上回る大ヒット作品となった。
  (左の写真) 左からヘンリー・コスター監督、ディアナ・ダービン、ジョー・パスターナク

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100Men-39  ・当時、名指揮者として人気のあったレオポルド・ストコフスキーが、自身のフィラデルフィ ア管弦楽団と共に出演したことも話題になった。
 ストコフスキーとフィラデルフィア管弦楽団は、ディズニー映画 『ファンタジア』 (1940年) の音楽を担当したことでも知られている。
  (左の写真) 左からミーシャ・オウア、ストコフスキー、ディアナ・ダービン、アドルフ・マンジュー


  ・アカデミー賞の作品賞など5部門でノミネートされ、作曲賞を 受賞。

 ・大人から子供まで楽しめるファミリー向け映画の秀作。
  (右の写真) 左からミーシャ・オウア、ディアナ・ダービン、アドルフ・マンジュー

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  ピック・アップ … ディアナ・ダービン

Deanna Durbin  Deanna Durbin  1921-2013  (カナダ/アメリカ)

 ・1921年、カナダ生まれ。1歳の時に家族でカリフォルニア州に移住。

 ・10歳の頃からボイス・レッスンを受けており、14歳の時に、若手のオペラ歌手を探していたMGM社のオーディションに合格し、同社と契約。
 ・1936年、1歳年下のジュ ディ・ガーランドと共演した短編映画 『Every Sunday 』 で銀幕デビュー。MGM社の大ボスルイス・B・メイヤーは、同じ年頃の少女スターは2人も必要ないと思い、「太った方 ( ジュディ・ガーランドのこと)をクビにしろ」 と命じたが、部下のアーサー・フリードが間違って (間 違ったふりをしたとの説もある) ダービンをクビにした、との伝説が残っている。
  (右の写真) ジュディ・ガーランド (手前) と

Every Sunday
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 ・その後、ユニヴァーサル社と契約をして出演した 『天使の花園』 (1936年)、『オーケストラの少女』 (1937年) が大ヒット。
  「天使の歌声」 と絶賛され、キャラクター商品が出るほどの人気スターとなった。
  当時、経営難であった同社はダービンによって救われたとも言わている。
   (左の写真) 『オーケストラの少女』 出演時
 ・1938年度のアカデミー賞で、ミッキー・ルーニーと共に特別賞を受賞。
  (右の写真) エドガー・バーゲン (キャンディス・バーゲンの父親)から、子供用の小さいサイズの
   オスカー像を受け取るディアナ・ダービン

 
・21本目の長編映画 『恋ごころ』 (1948年) を最後に、28歳の若さで引退。以後、度重なるカムバックのオファーを全て辞退し、マスコミの前に姿を現す事はなかった。
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 ・「アンネの日記」 のアンネ・フランクが彼女のファンで、隠れ部屋の壁にダービンの写真を貼っていた。

 ・日本では、昭和の 「今太閤」 こと田中角栄元総理大臣が彼女のファンで、軍に入隊している時にポケットにダービンの写真を入れているのを上官に見つかり、死ぬほど殴られた、とのエピ ソードを残している。

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 (左の写真) 『私はあなたのもの』 (1947年) で、10年ぶりにアドルフ・マンジューと共演。
  マンジューが手にしている写真は、『オーケストラの少女』 の時の2人。

  
2013年91歳で他界。

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