20世紀・シネマ・パラダイス

Megaphonebar
Henri-Georges_Clouzot

アンリ=ジョルジュ・クルーゾー

Henri-Georges Clouzot

  1907-1977 (フランス)

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  ◆ 代表作

Quai_des_Orfevres
 犯罪河岸
 Quai des Orfevres
  
(1947年/フランス)
Manon-3
 情婦マノン
  Manon
  (1949年/フランス)
Le_Salaire_de_la_Peur  恐怖の報酬
  Le Salaire de la Peur
  (1953年/フランス)
Les_Diaboliques  悪魔のような女
 
Les Diaboliques 
 (1955年/フランス)

    三大映画祭の大賞を制覇したフランスの名監督

 ・1907年、ドゥー=セーヴル県生れ。ジャーナリストとして活動した後、1931年に脚本家としてデビュー。短編映画の監督もした。33年からの2年間はドイツで活動。脚本の執筆のほか、共同監督として2作品を撮ったが、肺を患い帰国。療養生活を送った。

 ・1938年、約4年ぶりに脚本家として復帰。その後、フランスがナチス・ドイツに占領され、映画監督の多くが亡命したこともあり、監督をするチャンスが巡って来た。コメディ・タッチの犯罪ミステリー 『犯人は21番に住む』 (1942年) で、本格的な監督デビューを果たし、成功を収めた。
  (右の写真) 『犯人は21番に住む』 シュジ・ドレール(左) とピエール・フレネー
L'Assassin_habite_au_21

Le_Corbeau
 ・2作目の 『密告』 (1943年) は、占領軍の指令により、市民の腐敗を描くという製作意図が、ナチス批判に変わっているという理由で公開禁止になったといういわくつきの作品。
 (左の写真) 『密告』 ミシュリーヌ・フランセイ(左) と ピエール・フレネー
 * シャルル・ボワイエ主演 『The 13th Letter (1951年/監督:オットー・プレミンジャー) として、ハリウッドでリメイクされた。 

 ・4年ぶりの3作目 『犯罪河岸』 (1947年) で、ヴェネツィア国際映画祭の監督賞、4作目の 『情婦マノン』 (1949年) で、同映画祭の大賞 (金獅子賞) を受賞。名監督の地位を確立した。
Quai_des_Orfevres
Manon-2
『犯罪河岸』 ルイ・ジューベ 『情婦マノン』 ミシェル・オークレール
 
 ・4人の監督による4話から成るオムニバス作品 『二百万人還る』 (1949年) の第2話、日本未公開のコメディ作 『Miquette et sa mere (1950年) を監督。7作目の 『Le voyage en Bresil (1950年) は未完に終わった。

 ・3年ぶりの新作 『恐怖の報酬』 (1953年) は、ベルリン国際映画祭の大賞 (金熊賞)、カンヌ国際映画祭の大賞 (グランプリ) を受賞。史上初めて3大映画祭の大賞を制覇した。
 (右の写真) 『恐怖の報酬』 イブ・モンタン
  * ロイ・シャイダー主演 『恐怖の報酬』 (1977年/監督:ウィリアム・フリードキン) として、ハリウッドでリメイクされた。
Le_Salaire_de_la_Peur-2
  * 3大映画祭の大賞制覇は、後にミケランジェロ・アントニオーニ、ロバート・アルトマンが達成した。

Les_Diaboliques-2
 ・『悪魔のような女』 (1955年) では、ラストの大ドンデン返しで観客をアッと言わせた。「フランスのヒッチコック 」 とも呼ばれたクルーゾー監督だが、サスペンスの神様に勝るとも劣らないハラハラドキドキの傑作を撮った。
  (左の写真) 『悪魔のような女』 ヴェラ・クルーゾー(左) と シモーヌ・シニョレ
  * シャロン・ストーン主演 『悪魔のような女』 (1996年) として、ハリウッドでリメイクされた。
 
 ・『ミステリアス・ピカソ 天才の秘密』 (1956年/ドキュメンタリー)、『スパイ』 (1957年)、『真実』 (1960年)、『L'enfer (1964年) を監督。
 指揮者カラヤンのコンサートTV番組などを撮った後、最後の劇場用映画 『囚われの女』 (1968年) を監督した。
 (右の写真) 『ミステリアス・ピカソ 天才の秘密』 撮影時。ピカソ(左)と
Le_Mystere_Picasso

Vera_Clouzot
 ・私生活では、『恐怖の報酬』、『悪魔のような女』、『スパイ』、『真実』 に出演した女優のヴェラ・クルーゾーと1950年に結婚。1960年、彼女がパリのホテルの浴槽で心臓発作を起こし、46歳で急死、まるで、 『悪魔のような女』 の役どころと同じ様であったため、当時はゴシップ欄を賑わせたそうだ。
 (左の写真) ヴェラ・クルーゾーと
 
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