20世紀・シネマ・パラダ
イス
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アラバマ物語
To Kill a Mockingbird
監督:ロバート・マリガン
(1962年/アメリカ)
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◆ アメリカ映画のヒーローNO.1に選出されたグレゴリー・ペックのアティカス・フィンチ
1932年の夏、アラバマ州の小さな町メイコム。
妻に先立たれた弁護士のアティカス・フィンチは、息子のジェムと娘のスカウトと暮らしており、子供た
ちは彼を ‟パパ” ではなく ‟アティカス” と呼んでいた。 |
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ジェムとスカウトは、夏休みで親戚の家に来ていたディムという少年と知り合い、彼を ‟ブー”
の家の前に連れて行った。ブーは狂人で監禁されているとの噂で、誰もその姿を見たことがない。
ジェム 「2m位の大男で、リスや猫を生きた
まま食べるんだ…」 |
アティカスは判事からある事件の被告人の弁護を頼まれ、引き受けることにした。 |
子供たちが裁判を覗きに行った。アティカスが弁護していたのは、白人女性を暴行した容疑で
起訴された黒人のトム・ロビンソンだった。アラバマ州は人
種差別が根強い。アティカスは被害者の父親ボブ・ユーエルから警告を受けた。「墓穴を掘
ることになるぞ 」。 |
アティカスの働きかけで裁判は延期となり、被告人のトムは身の安全を確保するため遠方の拘
置所に入れられた。
ある夜、子供たちはブーの姿を見ようと敷地に侵入したが、それらしき人影に遭遇しただけで終わった。
夏休みも終わり、ディムは実家のあるミシシッピ州へと帰っていった。 |
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新学期になり、スカウトも小学生になった。小さな町でも、子供たちにとっては事件と言える
出来事がある。ジェムもスカウトもその折々で、偏見や差別を持たず、正義感の強いアティカスの言動から色々な事を学んでいた。
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スカウトは学校でまた喧嘩をしてしまった。アティカスが黒人の弁護をしていることをなじら
れたからだ。
スカウト 「なぜ黒人の弁護をするの 」
アティカス 「誇りを持てなくなるからだ…。お前たちにも
説教できなくなる…」
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その頃、フィンチ家の近くに立っている木の穴の中に、誰からかは判らないが、ジェムとスカ
ウトへの贈り物が届くようになっていた。
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夏休みになり、今年もディムが遊びに来た。延期されていた裁判が再開されることになり、ト
ムがメイコムに連れ戻された。その日の夜、保安官から人種差別者たちが不穏な動きをしているとの知らせを受けたアティカスが外出し、子供たちは彼の後を
追っ
た。アティカスは拘置所を見張っていた。
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トムをなぶり殺しにしようと押しかけて来た人種差別者たちがアティカスを取り囲むのを見
て、子供たちが駆け寄った。スカウトが顔見知りの農夫を見つけ、彼に語りかけた。血気を削がれた人種差別者たちは退散した。
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裁判の日。子供たちはアティカスから止められていたが裁判所へ向かった。傍聴席は多くの人
で溢れていた。
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裁判が始まった。最初に保安官が、メイエラ・ユーエルは右目などに暴行を受けた痣があったと証
言した。次に、メイエラの父親のボブが、トムが逃げ去るのを目撃したと証言した。アティカスは思うところがあってボブにペンとノートを差し出し、名前を書
かせた。ボブは左利きだった。
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メイエラの証言はトムに暴行され
たとの一点張りだった。アティカスがトムにコップを放ると、トムは右腕だけでキャッチした。トムは子供の時に事故に遭って以来、左腕を動かすことが出来な
いのだ。法廷内がざわついた。
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…
メイエラがトムを誘惑し、強引にキスをした。娘が禁忌を破ったのを目撃したボブが暴力を振るった …
というのが真相のようだ。アティカスはトムの無実を訴えた。しかし、白人の陪審員たちはトムに有罪の評決を下した。
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アティカスは控訴審では勝てるとトムを励ました。だが、絶望したトムは拘置所に運ばれる途
中で逃亡し、保安官補に射殺された。アティカスがトムの家族を訪ねると、ボブが現れ、アティカスの顔に唾を吐きかけた。アティカスは怒りを抑え、ボブの挑
発を堪えた。
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月日が流れ、10月になった。ジェムとスカウトはハロウィーン・パーティーに参加し、スカ
ウトの服が無くなってしまったため帰宅が遅くなった。
2人が夜道を歩いている時、何者かが襲ってきた…。
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『アラバマ物語』 予告編動画
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◆ 主な出演者など
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・アティカス・フィンチ役 …
グレゴリー・ペック Gregory Peck
・スカウト役 … メアリー・
バダム Mary Badham
・ジェム役 … フィリップ・
アルフォード Phillip Alford
・トム・ロビンソン役 … ブロック・ピーターズ Brock Peters
・ブー役 … ロバート・デュバル Robert Duvall
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・原作は、ピューリッツアー賞 (フィクション部門) を受賞したハーパー・リーの自伝的小説 「アラバマ物語」
(1960年出版)。劇中の‟スカウト”はリー本人がモデル。今日までの発行部数は3,000万部 (推
計) の大ベストセラーである。
彼女が発表した小説は 「アラバマ物語」 だけだったが、2007年、ジョージ・W・ブッシュ大統領から大統領自由勲章を授かっている。
(右の写真) ハーパー・リー と ‟スカウト” 役のメアリー・バダム |
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また、劇中の ‟ディル” のモデルは、小説 「ティファニーで朝食を」 (1958年出版)等の作家トルーマン・カポーティ。
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ハーパー・リーは、カポーティが代表作 「冷血」
(1966年出版)を執筆する際の取材旅行で助手を務めている。
2015年、リーが亡くなる前年に、「アラバマ物語」 の続編、「さあ、見張りを立てよ」
が出版されたが、元々、発表を見送り、お蔵入りとしていた作品だったため、リーの親族等が金目当てに出版したのでは? といった物議を醸した。(左の写真) グレゴリー・ペック と ハーパー・リー
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・作品の原題は、「To Kill a Mockingbird 」=
「物まね鳥 (マネツグミ) を殺すこと」。
アティカス 「アオカスケなら撃ってもいいが、マネツグミを撃つのは罪だ。
作物を荒らさず、歌を唄って楽しませてくれるからだ 」。
無害、無実の者を殺す人間もいれば、救う人間もいる。肌の色や国籍の違いで差別する人間もいれば、差別を無くそうと努める人間もいる。
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・映画の製作者は、後に監督業にも進出し、『大統領の陰謀』 (1976年)、『ソフィーの選択』 (1982年)
等を撮ったアラ |
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ン・J・パクラ。ロバート・マリガン監督とは、『栄光の旅路』 (1957年/主演:アンソニー・パーキンス)、『マン
ハッタン物語』 (1963年/主演:ナタリー・ウッド)、
『サンセット物語』 (1965年/主演:ナタリー・ウッド)、『ハイウェイ』 (1965年/主演:スティーブ・マックイーン)、
『下り階段を登れ』 (1967年)、『レッド・ムーン』
(1968年/主演:グレゴリー・ペック) の合計7作品で組んだ。
(左の写真) 左から、メアリー・バダム、マリガン監督、グレゴリー・ペック |
グレゴリー・ペックはアティカスのモデルであるA・C・リーにも会ったが、リーは完成した
映画を観ることなく、撮影中の1962年4月に他界。
リーの遺品である懐中時計を贈られたペックは、その時計を身に付けてアカデミー賞授賞式に臨んだ。後に、「オスカー像よりも、この時計の持ち主で
あることの方が誇らしい 」 と語っている。
(右の写真) 原作本を読んでいるグレゴリー・ペック
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・アカデミー賞では、作品賞、監督賞など8部門でノミネートされ、主演男優賞、脚色賞、美
術監督・装置賞(白黒部門) の3部門で受賞。
グレゴリー・ペックが5度目のノミネーションで念願のオスカー像を獲得したが、日本の評論家たちからは大根役者のレッテルを貼られていたため、同情票が
集まって受賞したなどと書かれもした。
(左の写真) アカデミー賞授賞式にて。プレゼンターのソフィア・ローレンと
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2003年、AFI (アメリカ映画協会) が
「アメリカ映画ヒーロー&悪役ベスト100」 を選出 し、アティカス・フィンチがヒーローの第1位になった。 |
人
種差別を身近な問題として抱え続けているアメリカにおいて、アティカスはスーパー・ヒーローであり、演じたペックは実生活においても役柄同様のナイスガイ
として知られていた。『アラバマ物語』
のペックの演技は多くの人のハートをキャッチしたのであり、決して同情票でアカデミー賞を受賞した訳ではなかったのだ。アティカスがヒーローの第1位に
なった
と発表されたのが6月3日。僅か9日後の6月12日にペックが亡くなっている。
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・AFI の 「アメリカ映画100年ベスト100」
(1998年選出) で第34位。「感動のアメリカ映画ベスト100」 (2006年選出) で
第2位。「ジャンル別ベスト10:法廷ドラマ」 (2008年選出) で第1位に。
・2012年、本作の50周年を記念し、ホワイトハウスで上映会が開かれ、メアリー・バダムがオバマ大統領等と一緒に鑑賞した。
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「人を理解するには、相手の靴を履いて歩きまわれ 」 |
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