20世紀・シネマ・パラダ
イス
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エデンの東
East of Eden
監督:エリア・カザン
(1955年/アメリカ)
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◆ ジェーム
ズ・ディーンの初主演作
1917年、カリフォルニア州のモンテレー。ある青年がケイトという中年女性の後を尾けて家の前まで行ったが、使用人に追い返されてしまった。青年は自宅のある
サリナスに戻った。 |
青年の名はキャル・トラスク。
彼には双子の兄アロンがいて、農場を経営している父親アダムは真面目なアロンを愛し、問題の多いキャルを疎ましく思っていた。そして、アロンの恋人アブラも、キャルを変わり者と見なしていた。 |
キャルはやり場のない気持ちを爆発させ、倉庫の氷を台無しにしてしまった。「ぼくは
親の悪いところをもらったんだ…」。父親と2人きりになったキャルは、産後に死んだと聞かされていた母親が生きているのではないかと問い詰めた。
「自分が何者なのか知
りたいんだ…」。アダムは、母親は家を出たきりで、居場所も知らないと打ち明けた。 |
キャルはケイトが経営する酒場(娼館)へ行き、彼女の部屋に潜り込んだが引きずり出されて
しまった。「話がしたいんだ…。何か言ってよ、お母さん!」 |
やはりケイトは母親だった。キャルは両親と旧知の仲である保安官のサムから、「君の父親ほど良心的な人はい
ない。誇りに思え」と諭された。
キャルは農作業に励みだした。アブラがキャルの悩みを理解し、自分も父親から愛されていないと思い、父親を嫌いになったことがあったと話し、キャルを励
ました。
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アダムはレタスを氷詰めにして東部へ出荷する事業に失敗して大損した。キャルは父親が失っ
た大金を取り戻すため、元手の5,000ドルをケイトから借り、豆の仲買事業に乗り出した。
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アメリカがドイツに宣戦布告した。アロンは戦争に反対でふさぎ込み、キャルは目論見通りに
豆
の値が急騰して浮かれていた。
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アブラはアロンとの恋愛に違和感を感じ始め、キャルに惹かれていった。そんな折、知人の靴屋がドイツ人である為に町の人々から非難され、仲裁に入ったアロ
ンも一緒に取り囲まれてしまった。キャルが助けに行ったが、乱闘になってしまった。アロンは、キャルがアブラと一緒だったことを知
ると、「アブラにいいかっこを見せたかったのだろう」とキャルをなじり、キャルはアロンを殴り倒した。
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キャルは父親の誕生日を祝うため、アブラに手伝ってもらい部屋を飾り付けた。そして、豆相場で得た大金をプレゼントしたが、アダムは金を受け取らず、戦争
で金を儲けたキャルを叱責した。父親に認められず、絶望して打ちひしがれているキャルにアロンが追い打ちをかけた…。
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『エデンの東』 予告編
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◆ 主な出演者など
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・キャル・トラスク役 … ジェームズ・ディーン
・アブラ役 … ジュリー・ハリス
・アダム・トラスク役 … レイモンド・マッセイ
・アロン・トラスク役 … リチャード・ダヴァロス
・ケイト役 … ジョー・ヴァン・フリート
・サム役 … バール・アイヴス |
旧約聖書のカインとアベル
地上の楽園‟エデンの園”を追放されたアダムとイヴの最初の子供であるカイン(兄)とアベル(弟)。
土を耕す者となったカインは大地の実りを、羊を養う者となったアベルは子羊を神に捧げた。神はアベルの供物を喜び、カインの供物を無視した。嫉妬したカインはアベルを殺し(人類最初の殺人)、神
によって‟エデンの東”に追放された。 |
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・
1952年、文豪ジョン・スタインベックが、旧約聖書のカインとアベルを題材とした小説「エデンの東」
を発表。19世紀から第1次世界大戦までの父子3代にわたる長編小説だが、映画では最後の約1/3、孫の世代を描いている。スタインベックはエリア・カザ
ン監督の『革命児サパタ』(1952年)の脚本を執筆しており、2人は旧知の仲だった。
(左の写真)ジョン・スタインベック(左)、エリア・カザン監督
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・小説の映画化権はワーナー・ブラザース社が取得し、エリア・カザンは自ら製作・監督する
ことを申し出た。カザンはアロン役にマーロン・ブランド、キャル役にモンゴメリー・クリフトを考えていたが、2人とも年齢が高過ぎると思い直した。そ
んな折、脚本家のポール・オスボーンの勧めで、ブロードウェイ劇「背徳者」を観劇。ジェームズ・ディーンが抜擢されることとなった。(右の写真)撮影時。エリア・カザン監督(前)、ジェームズ・ディーン
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・ポール・ニューマンが
アロン役で、後にポール・ニューマン夫人となる(1957年結婚)ジョアン・ウッドワードがアブラ役でス
クリーン・テストを受けたが、2人とも落選している。 |
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・アロン役を射止めたリチャード・ダヴァロス(本作で銀
幕デビュー)とジェームズ・ディーンは、カザン監督の提案で撮影当初は共同生活をしていたが、途中で解消。ジミーの勝手気ままな生活態度に
ダヴァロスが我慢出来な
くなったためと言われている。そうなると分かっていてカザン監督は仕向けたような気がしないでもない。(左の写真)編集
でカットされたシーン。ジェームズ・ディーン(前)、リチャード・ダヴァロス(後)
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・1954年5月〜8月にかけて撮影されたが、この時期、ジェームズ・ディーンはピア・ア
ンジェリと交際しており、撮影現場での2人の仲睦まじい様子を撮った写真が残されている。
(右の写真)撮影現場でのジェームズ・ディーンとピア・アンジェリ
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・撮影中、キャルになりきったジェームズ・ディーンは、脚本には無い台詞や行動をとること
が度々あり、聖書を音読させられるシーンでは、父親役のレイモンド・マッセイを本気で怒らせた。また、キャルがプレゼントした金を父親に拒否される場面
で、キャルが父親に抱きついたのはジェームズ・ディーンのアドリブで、レイモンド・マッセイは本当にうろたえていたという。本作のハイライトシーンとなっ
た。
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・アカデミー賞では、監督、主演男優、助演女優、脚色の4部門でノミネートされ、
ジョー・ヴァン・フリートが助演女優賞を受賞。彼女は1946年にブロードウェイでデビューし、「バウンティフルへの旅」(1954
年)でトニー賞の助演女優賞を受賞した中堅だったが、映画は本作がデビュー作だった。尚、撮影時、ジェームズ・ディーンは23歳、彼女はま
だ38歳だった。
(右の写真)オスカー像を手にするジョー・ヴァン・フリート
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・物語の舞台で映画の撮影地にもなったカリフォルニア州サリナス。原作者ジョン・スタイン
ベックの故郷であり、ジェームズ・ディーンが事故死した時に向かっていた地でもある。1955年9月30日(金)。ジミーは土・日にカー・レースが開催さ
れる会場のあるサリナスに向かっている途中で帰らぬ人となった。
(左の写真)『エデンの東』撮影時のジェームズ・ディーン
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◆ ピックアップ … ジュリー・ハリス
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Julie Harris 1925
-2013(アメリカ)
・1925年、ミシガン州生れ。高校卒業後、演劇学校で学び、1945年にブロードウェイ・デビュー。大ヒットした舞台「The
Member of the Wedding」(1950〜1951年)の映画化作品(1952年/監督)で銀幕デビューし、アカデミー賞主演女優賞にノミネートもされた。
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・2作目の映画『エデンの東』は、銀幕での代表作となった。ジェームズ・ディーンよりも6
歳年上の彼女を起用することに、ワーナー・ブラザース社のジャック・
L・ワーナーは難色を示したそうだが、エリア・カザン
監督が彼女の起用を押し通した。カザン監督曰く、「ジュリーの飾気のない美しさに心ひかれた」。 |
・『たたり』(1963年)、
『動く標的』(1966年)、『禁じられた情事の森』(1967年)等
に出演。『エデンの東』
以後、あまり作品に恵まれなかったが、舞台では輝かしいキャリアを残した。 |
・トニーの演劇主演女優賞を歴代最多(2018年現在)の
5回も受賞。2002年には、トニー賞の生涯
特別功労賞も授かった。
* トニー賞 …
オードラ・マクドナルドが6回受賞している (演劇主演女優賞、ミュージカル主演女優賞各1回、演劇助演女優賞、ミュージカル助演女優賞各2回)
が、演劇主演女優賞を5回受賞したのはジュリー・ハリスのみ。
(右の写真)ジェームズ・ディーンと
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・2013年、87歳で他界。ブロードウェイのゆかりの劇場
は照明を落として彼女を追悼した。
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