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Megaphonebar
Erich Von Stroheim

エリッヒ・フォン・シュトロハイム

Erich Von Stroheim

1885-1957 (オーストリア/アメリカ)

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   代表作

Foolish Wives Greed
愚かなる妻
Foolish Wives
 (1922年/アメリカ)
グリード
Greed
 (1924年/アメリカ)


    サイレント期の‟呪われた巨匠”

 ・1885年、オーストリアのウィーン生れ。商家の生まれだったが、泊をつけるため、貴族の称号‘Von’を自称した。1914年頃からハリウッドで働き始め、D・W・グリフィス監督の『國民の創生』(1915年)では監督助手を務め、同監督の『イントレランス』(1916年)にはパリサイ人役としてエキストラ出演した。

 ・『アルプス颪(おろし)(1919年)で監督デビュー。自ら執筆した脚本をユニヴァーサル社に売り込み、監督・主演した作品。徹底したリアリズム演出で異色な監督との評判を得た。
 (右の写真)『アルプス颪』
Blind Husbands-2

 ・2作目『悪魔の合鍵』(1920年)は、パリの社交界での男女の三角関係を描いた作品で、批評家から賞賛されたが、フィルムが破損し、現在では観る事が出来ない。

Foolish Wives-2  ・3作目『愚かなる妻』(1922年)を監督・主演。ロス近郊の砂漠に、モンテカルロの街並を忠実に再現したセットを建設。25万ドルだった予算の4倍もの製作費をかけ、完成したフィルムは6時間とも8時間とも言われている。
 シュトロハイムは2日連続での上映を主張したが、会社によって約120分にカットされた。
 (左の写真)『愚かなる妻』の為に建設されたセット

 ・4作目『メリー・ゴー・ラウンド』(1923年)の撮影中、予算とスケジュールを守るという条件を破り、ユニヴァーサル社を解雇された。同作はルパート・ジュリアン監督が引き継いで完成させたが、シュトロハイムが撮ったシーンは僅か10分程度が残っただけだった。 
 * ルパート・ジュリアン … 『オペラ座の怪人』(1925年)等の監督。

 ・ゴールドウィン社で『グリード』(1924年)を製作中、同社が合併によりMGM社となり、製作部門のヘッドとなったのが、ユニヴァーサル社時代にシュトロハイムを解雇したアーヴィング・G・タルバーグだった。
 完成した『グリード』は約8時間だったが、カットを命じられたシュトロハイムは、『黙示録の四騎士』(1921年)等のレックス・イングラム監督と協力して何とか4時間に編集した。しかし、タルバーグは別人に更にカットさせ、公開されたのは2時間20分の作品だった。
 (右の写真)『グリード』撮影時。シュトロハイム(左)、
 ギブソン・ゴーランド(右)

Greed-2

The Merry Widow ・ルイス・B・メイヤーから、6週間で撮ったらボーナスを出すと言われて監督した『メリー・ウイドー』(1925年)は12週間かかり、作品はヒットしたが、MGM社で新作を撮る機会は無くなってしまった。
 (左の写真)『メリー・ウイドー』撮影時
 メイ・マレー(左)、ジョン・ギルバート(右)と

 ・独立系の製作者パット・パワーズを説得し、『結婚行進曲』(1928年)の撮影に臨んだ際も完全主義者ぶりを発揮。撮影に6ヶ月を費やし、30万ドルだった予算は100万ドルを超えていたという。
 パワーズから配給を依頼されたパラマウント社は、10時間以上あったフィルムをジョセフ・フォン・スタンバーグに編集させ、第1部は『結婚行進曲』として公開された。
 しかし、第2部『アルプスの悲劇』はアメリカでは未公開。しかもフィルムは火災で消滅してしまった。
 (右の写真)『結婚行進曲』 フェイ・レイ(左)と
The Wedding March

Queen Kelly
 ・大女優グロリア・スワンソンに招かれ、『Queen Kelly(1929年)の撮影に臨んだが、スワンソンと衝突し、製作中止に。その後、スワンソンが自ら監督して完成させた作品が欧州等で公開された。
 (左の写真)グロリア・スワンソン、ウォルター・バイロン(右)と

 ・その後、FOX社で自身初のトーキー作品『Walking Down Braodway』を撮ったが、完成前に更迭され、『ジャズ・シンガー』(1927年)等のアラン・クロスランド監督によって追加撮影された編集版が、『Hello, Sister!(1933年)として公開された。

 ・妥協を許さぬ完全主義者として知られたシュトロハイム監督。撮影中の様々なエピソードが残っている。
・サイレント映画だが、役者には台詞を覚えさせ、ベルや鐘の音まで鳴らさせた。
・貴族や将校を演じる役者には絹の下着を着用させ、下着の紋章にまで注文をつけた。
・食事のシーンでは本物の豪華な食事やアルコールを用意させた。
・小道具で本物ソックリのフランス紙幣を作らせ、逮捕・連行された。 etc.

 ・D・W・グリフィスセシル・B・デミルと共に、「サイレント期の3大巨匠」とも呼ばれている。
 グリフィスは「アメリカ映画の父」として崇拝され、デミルは晩年まで巨匠としての地位を保ち続けた。シュトロハイムは監督としては干されてしまい、「呪われた監督」と言われている。
 
Stroheim-2

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