20世紀・シネマ・パラダ イス
シャー リー・テンプル
Shirley Temple
1928- 2014 (アメリカ)
◆
代表作
久遠の誓い
Now and Forever
(1934年/アメリカ)
テンプルの愛国者
The Littlest Rebel
(1935年/アメリカ)
テンプルの軍師
Wee Willie Winkie
(1937年/アメリカ)
農園の寵児
Rebecca of Sunnybrook Farm
(1938年/アメリカ)
◆
20世紀最大の子役スター
・
1928年
、カリフォルニア州生れ。3歳の頃から音楽やダンスを習ってい た。
・1932年、おむつに
大きな安全ピン
を着けた幼児たちだけが出演する短編映画『
Baby Burlesks
』シリーズで銀幕デビュー。
『幌馬車』
(1923年)
、『ターザン』などのパロディ作品が合計8本製作された。
共演の幼児たちも、彼女が通っていたダンス・スクールの生徒たちだった。
(右の写真)『
Baby Burlesks
』シリーズより
大きな安全ピン
を着けています。
・1933年、FOX社と契約。『歓呼の嵐』
(1934 年)
で見事な歌とタップ・ダンスを披露。一躍人気者となった。
(左の写真)『歓呼の嵐』
・1934年、『可愛いマーカちゃん』、『ベビイ御目見得』、『久遠の誓い』、『輝く瞳』
等、彼女が出演した映画は立て続けに大ヒット。当時、倒産寸前だったFOX社は、シャーリー・テンプルによって救 われたと言われている。
*
『可愛いマーカちゃん』、『久遠の誓い』は、パラマウント社に貸し出されての出演。
『可愛いマーカちゃん』
アドルフ・マンジュー
と
『久遠の誓い』
ゲーリー・クーパー
と
・1935年、「すばらしい娯楽を提供した」ことにより、
アカデミー賞特別賞
を 受賞。この時のオスカー像は、彼女のためにサイズが小さいものとなっている
(左下の写真)
。
『或る夜の出来事』
で主演女優賞を獲得した
クローデット・コルベール
に彼女が手渡すオスカー像
(右下の写真)
と比べて見るとよく分かります。
・本国アメリカでの人気は圧倒的だった。ドル箱
(マ ネー・メイキング)
スター・ベストテンでは、1935年から4年連続で第1位。1930年代、最も人気のあった映画スターの1人だった。
『小 連隊長』(1935年) ビル・ロビンソンと
『テンプルの愛国者』(1935年) ビル・ロビンソンと
・彼女の着せ替え人形やキャラクターグッズは売れに売れ、彼女のようなクルクルの ヘアスタイルにしたいという同世代の女の子たちのおかげで美容院は大盛況だったとか。
(右の写真)自身の人形を手に
・頭も大変良く、台詞は他の出演者の分まで全て暗記していたという。
『テンプルの軍師』を監督した
ジョン・フォード
は、彼女が全くNGを出さないため、「一 回撮りのシャーリー」と呼んでいた。
(左の写真)ジョン・フォード監督(右)と
・愛くるしい容姿に加え、演技良し、歌良し、ダンス良しの天才子役。TVが普及していな かった1930年代、彼女の映画は家族向けの最大の娯楽の1つだった。まさに、時代が生んだ稀代のちびっこエンターテイナーだった。
『テンプルの福の神』 (1936年)
ジャック・ヘイリー、
アリス・フェイ
と
『テンプルの軍師』 (1937年)
ヴィクター・マクラグレン
と
・ティーンエイジとなってからも活躍したが、再婚を機に22歳で映画界から引退した。
(右の写真)『アパッチ砦』(1948年/監督:ジョン・フォード)
手前右から時計回りに、ジョン・エイガー、
シャーリー・テンプル、
ジョン・ウェイン
、
ヘンリー・フォンダ
・子育てが一段落ついた1950年代後半からはTVで活躍。1960年代後半からは外交官とし ても活躍した。
・
AFI(アメリカ映画協会)が1999年に選定した「伝説のスター・ベスト50」で、女優 部門の第18位に選出。
・
2014年
、
85歳
で他界。
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