20世紀・シネマ・パラダ イス

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Jean-Paul_Belmondo

ジャン=ポール・ベルモンド

Jean-Paul Belmondo

 
1933-     (フランス )

  愛称 : ベベル (Bebel ) 

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     代表作

A_bout_de_souffle  勝手にしやがれ
 A bout de souffle
 (1960年/フランス)
Leon_Morin,_pretre-2
 モラン神父
 Leon Morin, pretre
 (1961年/仏・伊)
Le_Doulos-2
 いぬ
 Le Doulod
  (1963年/フランス)
Pierrot_Le_Fou
 気狂いピエロ
 Pierrot Le Fou
 (1965年/仏・伊)
Le_cerveau-2
 大頭脳
 Le Cerveau
 (1969年/仏・伊・米)
Borsalino  ボルサリーノ
 Borsalino
 (1970年/仏・伊)
Le_Magnifique-2
 おかしなおかしな大冒険
 Le Magnifique
 (1973年/仏・伊)
Stavisky-2
 薔薇のスタビスキー
 Stavisky
 (1974年/フランス)

     ◆  ヌーヴェルヴァーグが生んだ最大のスター

 ・1933年、パリの近郊で生れる。父親は著名な彫刻家、母親は画家という芸術一家。サッカーやボクシングに熱中していたが、16歳の時に肺を患い、療養生活を送っている時に俳優となる志しを立てた。
 病が完治後、フランス国立高等演劇学校 (コンセルヴァトワール) の入学試験を受けるも落第。劇団に入り、演技の経験を積み、3度目のチャレンジでコンセルヴァトワールに入学 (1952年10月)。1956年に卒業するまでに数多くの舞台に出演した。

Elodie_Constantin  ・1953年に結婚。2女1男を授かった。
  (左の写真) 妻のエロディーと

 ・初出演の映画 『Les Copains du dimanche(1956年) がお蔵入りとなってしまったため、次に出演した 『歩いて馬で自動車で』 (1957年) が実質的な銀幕デビュー作となった。
 *Les Copains du dimanche 』 … 1967年、フランスのTVで初放映された。
 (右の写真) 『歩いて馬で自動車で』 右から2番目がジャン=ポール・ベルモンド
A_pied,_a_cheval_et_en_voiture

A_bout_de_souffle
 ・ヌーヴェルヴァーグの記念碑的作品 『勝手にしやがれ』 (1960年/監督:ジャン=リュック・ゴダールで国際的な人気スターに。
 シリアスな演技はもちろん、コメディからアクションまでこなすベルモンドは超売れっ子となり、1960年代には40本弱の映画に出演。
 1963年から3年間フランス俳優組合の委員長を務めた。
 (左の写真) 『勝手にしやがれ』 ジーン・セバーグと
 
Moderato_cantabile
La_ciociara
『雨のしのび逢い』 (1960年/監督:ピーター・ブルック)
ジャンヌ・モロー
『ふたりの女』 (1960年/監督:ヴィットリオ・デ・シーカ
ソフィア・ローレンと

Leon_Morin,_pretre
Cartouche
『モラン神父』 (1961年/監督:ジャン=ピエール・メルヴィル)
エマニュエル・エヴァと

『大盗賊』 (1962年/監督:フィリップ・ド・ブロカ)
クラウディア・カルディナーレ
Un_singe_en_hiver
Le_Doulos
『冬の猿』 (1962年/監督:アンリ・ヴェルヌイユ)
ジャン・ギャバン(右)と

『いぬ』 (1963年/監督:ジャン=ピエール・メルヴィル)
モニーク・エネシーと

L'Homme_de_Rio
Week-end_a_Zuydcoote
『リオの男』 (1964年/監督:フィリップ・ド・ブロカ)
フランソワーズ・ドルレアックと

『ダンケルク』 (1964年/監督:アンリ・ヴェルヌイユ)
カトリーヌ・スパークと

Pierrot_Le_Fou
Les_Tribulations_d'un_Chinois_en_Chine
『気狂いピエロ』 (1965年/監督:ジャン=リュック・ゴダール)
アンナ・カリーナと

『カトマンズの男』 (1965年/監督:フィリップ・ド・ブロカ)
ウルスラ・アンドレスと


 ・『カトマンズの男』 で共演したウルスラ・アンドレスと恋仲になり、妻のエロディと離婚 (ウルスラ・アンドレスも夫のジョン・デレクと離婚)。2人は結婚はしなかったが、1972年頃までパートナーだった。
 * ウルスラ・アンドレス … 初代ボンド・ガールとして有名。
 (右の写真) ウルスラ・アンドレスと
Ursula_Andress

Le_Cerveau
La_Sirene_du_Mississipi
『大頭脳』 (1969年/監督:ジェラール・ウーリー)
デヴィッド・ニーヴン(中央)、ブールヴィル(右)と

『暗くなるまでこの恋を』 (1969年監督:フランソワ・トリュフォー
カトリーヌ・ドヌーヴと


Borsalino
 ・『ボルサリーノ』 (1970年/監督:ジャック・ドレー) で、同時代に人気を2分した好敵手のアラン・ドロンと共演。まだ駆け出しの頃の 『黙って抱いて』 (1957年)、オールスター・キャストの大作 『パリは燃えているか』 (1966年) でも共演しているが、本格的な共演は初めてだった。
 (左の写真) 『ボルサリーノ』 アラン・ドロン(右)と
 

 ・『コニャックの男』 (1971年) で共演したラウラ・アントネッリと恋仲に。
 やはり結婚はしなかったが、1980年頃までパートナーだった。『ジャン=ポール・ベルモンドの交換結婚』 (1972年) でも共演した。
 * ラウラ・アントネッリ … イタリアのお色気映画 『青い体験』 (1973年)や、『イノセント』 (1976年/監督:ルキノ・ヴィスコンティ) 等に出演。
 (右の写真) ラウラ・アントネッリと
Laura_Antonelli

Docteur_Popaul
Le_Magnifique
『ジャン=ポール・ベルモンドの交換結婚』 (1972年)
ラウラ・アントネッリ(左)、ミア・ファローと

『おかしなおかしな大冒険』 (1973年/監督:フィリップ・ド・ブロカ)
ジャクリーン・ビセットと

Stavisky
Le_marginal
『薔薇のスタビスキー』 (1974年/監督:アラン・レネ)
シャルル・ボワイエ(右)と

『パリ警視J』 (1983年/監督:ジャック・ドレー)

Carlos_Sotto_Mayor
 ・『パリ警視J』 で共演したブラジル人歌手・女優のカルロス・ソット・マヨールとパートナーとなり、その関係は1987年頃まで続いた。
 (左の写真) カルロス・ソット・マヨールと

 ・『ライオンと呼ばれた男』 (1988年/監督:クロード・ルルーシュ) でセザール賞の主演男優賞を受賞。セザール賞の受賞者には、彫刻家セザール・バルダッチーニがデザインしたトロフィーが与えられるが、かつて、セザールがベルモンドの父親の作品を批判したことがあるとの理由で、ベルモンドはトロフィーの受け取りを拒否した。
 (右の写真) 『ライオンと呼ばれた男』
Itineraire_d'un_enfant_gate

 ・1987年、28年ぶりに舞台に出演。1991年にはパリで最古の劇場パリエテ座のオーナーとなった。そして、1992年に舞台劇 「シラノ・ド・ベルジュラック」 の公演で初来日もした。

Les_miserables
 ・オールスター・キャストの 『百一夜』 (1995年/監督:アニエス・ヴァルダ)、『レ・ミゼラブル』 (1995年/監督:クロード・ルルーシュ)、アラン・ドロンと再共演した 『ハーフ・ア・チャンス』 (1998年) に出演。
 (左の写真) 『レ・ミゼラブル』

 ・2002年、『レ・ミゼラブル』 に端役で出演していたダンサー、女優のナティ・ターディヴェルと結婚。翌年、女の子を授かり、70歳でパパになったが、2008年に離婚した。
 (右の写真) 2番目の妻ナティと
Natty_Tardivel

Cannes_2011  ・カンヌ国際映画祭のパルム・ドール名誉賞 (2011年)、ヴェネツィア国際映画祭の栄誉金獅子 (2016年) 等を受賞。また、フランス政府から数多くの勲章を授かっている。
 (左の写真) 2011年のカンヌ国際映画祭にて。2008年から2012年までパートナーだった
  バーバラ・ゴンドルフィと


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Jean-Paul_Belmondo-3

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