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伝説の映画製作者たち

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   ドタバタ喜劇の生みの親 マック・セネットとハル・ローチ

Mack_Sennett
 マック・セネット Mack Sennett  1880−1960年 (カナダ/アメリカ)

 ・俳優として映画界に入り、やがて監督を務めるようになった。

 ・1912年、キーストン・ピクチャーズ・スタジオを設立。
 「キーストン・コップス」 という警官隊が繰り広げるドタバタ喜劇 (スラップスティック・コメディ) が人気を博した。

 ・「小さな浮浪者」 のチャールズ・チャップリン、「でぶ君」 のロスコー・アーバックル、「ハネ子」 のメーベル・ノーマンド、マリー・ドレスラーといった多くの人気コメディアンを輩出した。
 また、ドタバタ喜劇の合間に登場する 「水着美人 (Bathing Beauties ) 」 も人気を博した。後の大女優グロリア・スワンソンもその1人。
  (右の写真) 「キーストン・コップス」
Keystone-cops

Mack_Sennett-2
 ・1915年、D・W・グリフィストーマス・H・インスと共にトライアングル・フィルム・コーポレーションを設立。キーストン社はトライアングル社の傘下となった。
  (左の写真) 左から、トーマス・H・インス、チャールズ・チャップリン、マック・セネット、
   D・W・グリフィス

 ・1917年、マック・セネット・コメディーズ社を設立。
 キーストン社時代のような隆盛を誇ることはなかったが、35年まで短編のドタバタ喜劇を製作し続けた。
  (右の写真) バスター・キートン (右) との唯一の作品である 『内気な青年』 (1935年
   /エデュケーショナル社) の撮影時。
The_Timid_Young_Man

Mack_Sennett_Oscar  ・ドタバタ喜劇を生み出し、創生期のハリウッドにおいて、映画産業興隆の一翼を担った功績により、第10回 (1937年度)アカデミー賞で名誉賞を受賞した。 
 (左の写真) W・C・フィールズ (コメディアン) からオスカー像を手渡されるマック・セネット (中央)。当時のアカデミー協会会長フランク・キャプラ (右) も若い時に、マック・セネット・コメディーズ社でギャク・ライターをしていた。

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 マック・セネットに追いつけ追い越せと頭角を現したのがハル・ローチ。

Hal_Roach
 ハル・ローチ Hal Roach  1892-1992年 (アメリカ)

 ・エジソン社でエキストラをしている時にハロルド・ロイドと出会い、意気投合。
 ハル・ローチ社を設立し、ロイドの主演映画を製作・監督。ロイドをチャップリンキートンに次ぐ人気コメディアンに仕立て上げた。
 その他、「ちびっ子ギャング (Our Gang )」 シリーズや、「極楽コンビ」 ローレル&ハーディ の作品等をプロデュースした。

 ・第56回アカデミー賞 (1983年) において名誉賞を受賞。ハル・ローチ作品で子役としてデビューしたジャッキー・クーパーがプレゼンターを務めた。
Lloyd_&_Roach
Laurel_and_Hardy
ハロルド・ロイド (左)と
オリバー・ハーディ (左)、スタン・ローレル(中央)と

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