20世紀・シネマ・パラダ
イス
◆ 恐らくは
日本で人気NO.1の外国映画
ヨーロッパ各地を親善旅行中の某国のアン王女が
ローマにやって来た。この日は大使館で王女の歓迎舞踏会が開催された。 |
その日の夜。連日の公務でストレスが溜まっていた王女は感情を爆発させて大泣きし、侍医に
鎮
静剤を注射されてしまった。その後、一人になった王女は警護の目をかいくぐり、自由なひと時を求めて大使館から抜け出した。 |
町中へ出た王女は鎮静剤が効き始めてベンチで寝てしまった。そばを通りかかったアメリカ人
の新聞記者ジョー・ブラッドレーは、寝ている彼女を放っ
ておけずに自宅のアパートへ連れていった。 |
翌日。遅刻して出社したジョーは、アン王女の急病を報じる新聞の写真を見て、アパートで寝
ている女性が王女だと気づいた。王女の独占記事を書いたらボーナスを貰う約束を取り付けたジョーは、急いでアパートへ戻った。
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目を覚ました王女は、身分を明かさずにジョーに別れを告げた。
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町へ出た王女は美容室で髪の毛をバッサリ。特ダネを見逃す訳にはいかないジョーは後をつ
け、偶然を装って王女と再会し、今日一日はやりたいことをやって過ごそうと提案した。
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ジョーは、友人のカメラマンのアービングが
デートの約束をしているカフェへ王女を連れていった。ジョーから事情を明かされたアービンングは、ライターに仕掛けてある隠しカメラで王女を撮影し始め
た。
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市内観光の途中、王女がベスパ(スクーター)を
運転し、町中が大混乱。3人は警察署へ連行されたが、結婚式に向かう途中だとウソをついて大目に見てもらった。
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アン王女 「私もウソが上手いでしょ?」
ジョー 「そうだ、
ついておいで…」
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「真実の口」 のシーン
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「祈りの壁」
を見学した後、テベレ川での船上パーティーへ。王女が本国の探偵たちに連れ戻されそうになり、大乱闘になったが、王女とジョーは川を泳いで渡って逃げ果
せた。
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いつしか、王女とジョーの間には愛情が芽生え始めていたが…
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『ローマの休日』 予告編
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◆ 主な出演者など
・脚本家のダルトン・トランボは‟赤
狩り”によりハリウッドから追放されていたため、友人のイアン・マクレラン・ハンターの名義で発表された。また、アービング役のエディ・アルバー
トも
ブラック・リストに名前が載ったが追放されずに済んだ。戦時中の軍での活躍が功を奏したためと言われている。但し、ブラック・リ
ストに載った彼の妻(女優)は仕事を干された。(右の写真)左から、エディ・アルバート、グレゴリー・ペック、オード
リー・ヘップバーン |
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・ウィリアム・ワイラー監
督は、ヒロインにジーン・シモンズを希望したが、彼女が契約していたRKO社が貸し出
しを拒否。パラマウン
ト社のロンドン支局が推薦してきたオードリー・ヘップバーンのスクリーン・テストを観て、彼女を起用することに決めた。
(右
の写真)撮影時。左から、オードリー・ヘップバーン、グレゴリー・ペック、ウィリアム・ワイラー監督 |
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オードリー・ヘップバーンのスクリーン・テスト
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・オードリー・ヘップバーンとグレゴリー・ペックは、『クォ・ヴァディス』(1951年)のスクリーン・テストを受けて不合格となっていた。本作と同じローマを舞台とした史劇で共演する可能
性があったのは奇遇。ちなみに、2人が挑んだ役は、デボラ・カーとロバート・テイラーが演じた。
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『クォ・ヴァディス』スク
リーン・テスト時のオードリー・ヘップバーンとグレゴリー・ペック
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・本作でハリウッド・デビューとなったオードリー・ヘップバーンについて、グレゴリー・
ペックは「彼女
はきっと大スターになる」と確信し、ウィリアム・ワイラー監督は「世界中が彼女に恋してしまうと、私には分かっていた」
と語ったという。
(左の写真)撮影の合間、トランプ・ゲームをしているオードリー・ヘップバーンとグレゴリー・ペック |
・アカデミー賞では、作品賞など10部門でノミネートされ、主演女優賞、原案賞、衣装デザ
イ
ン賞(白黒部門/イーディス・ヘッド)の
3部門で受賞した。 |
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・AFI(アメリカ映画協会)が1998年に選定した「アメリカ映画100年ベスト
100」ではランク外だったが、同協会が2002年に選定した
「愛と情熱のアメリカ映画ベスト100」で第4位、2008年に選定した「ロマンチック・コメディ・ベスト10」で第4位にランクされた。 |
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