20世紀・シネマ・パラダイス

Megaphonebar
Rene Clair

ルネ・クレール

Rene Clair

 
1898-1981 (フランス)

Megaphonrbar

  ◆ 代表作

Sous_les_toits_de_Paris
 巴里の屋根の下
 Sous les toits de Paris
  
(1930年/フランス)
Le Million
 ル・ミリオン
 Le Million
  (1931年/フランス)
A nous la Liberte
 自由を我等に
 A nous la liberte
  (1931年/フランス)
Quatorze Juillet
 巴里祭
 Quatorze Juillet
 (1932年/フランス)
La Beaute du diable
 悪魔の美しさ
 La Beaute du diable
 (1950年/フランス)
Les Belles de nuit
  夜ごとの美女
 Les Belles de nuit
 
(1952年/フランス)

    トーキー初期から活躍したフランス映画界の名匠

 ・1898年、パリ生れ。リセ・ルイ・ル・グランを卒業。第一次世界大戦中は野戦病院で軍務に就いた。戦後、ジャーナリストを経て、1920年に俳優として映画界入り。監督デビュー作のSF短編映画 『眠るパリ』 (1924年) 、シュールレアリズムの短編 『幕間』 (1924年) で注目を集めた。 
Paris_qui_dort
Entr'acte
『眠るパリ』
『幕間』

 ・6作目の長編で自身初のトーキー 『巴里の屋根の下』 (1930年) を発表。
 フランス映画で国際的に成功した最初のトーキー作品であり、日本でも大ヒット。様々な工夫を凝らした巧みな 「音」 の使い方は、多くの映画作家たちに影響を与えた。
 主演のアルベール・プレジャンが歌った主題歌も大ヒットした。
  (右の写真) 『巴里の屋根の下』 アルベール・プレジャンとポーラ・イレリ
Sous_les_toits_de_Paris-3

 ・ミュージカル・コメディの 『ル・ミリオン』、チャップリンに多大な影響を与えたとされる 『自由を我等に』 (1931年) を発表。『自由を我等に』 は第1回ヴェネチア国際映画祭で最高作品賞 (現在の金獅子賞) を受賞し、外国語映画としては初めてアカデミー賞 (室内装置賞) にノミネートされた。
Le_Million-2
A_nous_la_liberte-2
『ル・ミリオン』 ルネ・ルフェーヴルとアナベラ
『自由を我等に』 レイモンド・コルディとアンリ・マルシャン

Quatorze_Juillet-2  ・『巴里祭』 (1932年) を発表。
 原題は7月14日、フランス革命の記念日のことを指すが、日本ではこの映画が大ヒットしたため、革命記念日を巴里祭と呼ぶようになった。
  (左の写真) 『巴里祭』 アナベラ

 ・『最後の億万長者』 (1934年) を撮った後、イギリスの映画製作者アレクサンダー・コルダに招かれ、『幽霊西へ行く』 (1935年)を監督。
  (右の写真) 『幽霊西へ行く』 ジーン・パーカー(左)とロバート・ドーナット(右)
 

 ・イギリスでの作目『Break the News(1938年) は、第6回ヴェネチア国際映画祭で原案賞を受賞。
The Ghost Goes West

Clair Dietrich   ・第二次世界大戦中はハリウッドで、『焔の女』 (1941年)、『奥様は魔女』 (1942年)、『そして誰もいなくなった』(1945年) などを監督。
  (左の写真) 『焔の女』 撮影時。マレーネ・ディートリッヒ

 ・1946年に帰国し、モーリス・シュヴァリエ主演の 『沈黙は金』 (1947年)ジェラール・フィリップ主演の 『悪魔の美しさ』 (1950年)、『夜ごとの美女』 (1952年)、『夜の騎士道』 (1955年) といったコメディの佳作を発表した。
Maurice Chevalier
Gerad Philipe
モーリス・シュヴァリエ (左) と
ジェラール・フィリップ (右) と

 ・1960年、映画人としては初めてアカデミー・フランセーズの会員に選出された。

 ・1981年、パリにて82歳で他界。

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