20世紀・シネマ・パラダイス

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Jane Wyman

ジェーン・ワイマン

Jane Wyman

 1917-2007 (アメリカ)


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   代表作

The_Yearling
 子鹿物語
  The Yearling
  (1946年/アメリカ)
Johnny_Belinda  ジョニー・ベリンダ
  Johnny Belinda
  (1948年/アメリカ)
The_Blue_Veil  青いヴェール
  The Blue Veil
  (1951年/アメリカ)
Magnificent_Obsession  心のともしび
 Magnificent Obsession
  (1954年/アメリカ)

    レーガン大統領の元妻のオスカー女優

 ・1917年、ミズーリ州にて3人兄妹の末っ子として生れた。4歳の時に両親が離婚。母親に引き取られたが、その後里子に出された。

 ・1932年、15歳の時に高校を中退。18歳と偽り、電話交換手などの仕事をしながらエキストラとして映画に出演し続け、1936年にワーナー・ブラザーズ社と契約。『Public Wedding (1937年) で本格的な銀幕デビューを果たした。
 私生活では、16歳の時に最初の結婚をしたが2年で離婚。20歳の時に再婚したが数ヵ月で離婚した。
 (右の写真) 『Public Wedding 』 ウィリアム・ホッパーと
Public_Wedding

Brother_Rat
 ・1940年、『Brother Rat(1938年) とその続編 『Brother Rat and a Baby (1940年) で共演したロナルド・レーガンと結婚。
 41年に長女を授かり、男の子を養子縁組した。47年に次女を出産したが、数時間後に亡くなった。
  (左の写真) 『Brother Rat 』 ロナルド・レーガンと

 ・『失われた週末』 (1945年/監督:ビリー・ワイルダーで、アルコール中毒の作家を支える恋人役を好演し、演技派として認められ、『子鹿物語』 (1946年/監督:クラレンス・ブラウンでアカデミー賞主演女優賞に初ノミネート。聾唖者に扮した 『ジョニー・ベリンダ』 (1948年) でアカデミー賞主演女優賞を受賞した。
The_Lost_Weekend
The_Yearling-2
Johnny_Belinda-2
『失われた週末』 レイ・ミランド
『子鹿物語』 グレゴリー・ペック
『ジョニー・ベリンダ』 リュー・エアーズ

 ・アカデミー賞の受賞スピーチでは、「映画の中では口を閉ざしたままだったので、今もそうしたいと思う。」 と述べ、会場を笑わせた。
 48年にロナルド・レーガンと離婚し、『ジョニー・ベリンダ』 で共演したリュー・エアーズと交際をしていたが、結婚には至らなかった。
 レーガンは後に第40代大統領となったが、離婚歴のある唯一人の大統領だった。
  (右の写真) オスカー像を手にするジェーン・ワイマン
Jane_Wyman_Oscar

 ・『舞台恐怖症』 (1950年/監督:アルフレッド・ヒッチコック、『花婿来たる』 (1951年/監督:フランク・キャプラ 等、巨匠たちの作品にも出演。
 戦争未亡人が保母として働く生涯を描いた 『青いヴェール』 (1951年) で3度目のアカデミー賞主演女優賞候補に。
オスカーは逃したが、ゴールデン・グローブ賞の主演女優賞を受賞した。
Stage_Fright Here_Comes_the_Groom The_Blue_Veil-2
『舞台恐怖症』 ヒッチコック監督と
『花婿来たる』 ビング・クロスビー 『青いヴェール』 チャールズ・ロートン

Magnificent_Obsession-2
 ・1954年には、ドル箱 (マネー・メイキング) スター・ベスト10の第9位にランクインし、『心のともしび』 (1954年) で4度目のオスカー候補に。ダグラス・サーク監督、ロック・ハドソンとは 『天はすべて許し給う』 (1955年) でも組んだ。
  (左の写真) 『心のともしび』 ロック・ハドソンと

 ・劇場用映画への出演は 『How to Commit Marriage (1969年) が最後であったが、70年代以降はTVで活躍。主役を務めた 「Falcon Crest 」 は、1981年から90年まで続いた人気番組だった。同番組の演技で、83年度のゴールデン・グローブ賞主演女優賞 (TV部門) を受賞した。
  (右の写真) TV 「Falcon Crest 」 一番手前がジェーン・ワイマン
Falcon_Crest

 ・2007年90歳で他界。

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Jane_Wyman-3

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