20世紀・シネマ・パラダイス

Megaphonebar
Sidney_Lumet

シドニー・ルメット

Sidney Lumet

1924-2011 (アメリカ)

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  ◆ 代表作

12_Angry_Men
 十二人の怒れる男
  12 Angry Men
 (1957年/アメリカ)
he_Pawnbroker
 質屋
 The Pawnbroker
 (1964年/アメリカ)
Fail-Safe
 未知への飛行
 Fail Safe
 (1964年/アメリカ)
Serpico
 セルピコ
 Serpico
 (1973年/米・伊)
Murder_on_the_Orient_Express
 オリエント急行殺人事件
 Murder on the Orient
  Express
 (1974年/イギリス)
Dog_Day_Afternoon
 狼たちの午後
 Dog Day Afternoon
 (1975年/アメリカ)
Network  ネットワーク
 Network
 (1976年/アメリカ)
The_Verdict
 評決
 The Verdict
 (1982年/アメリカ)

   
     ◆
 TV出身 社会派の巨匠

 ・1924年、ペンシルベニア州フィラデルフィア生れ。両親ともポーランドからの移民でユダヤ人。父親がイディッシュ劇場やラジオ局で働いていた関係で、子供の頃から舞台やラジオに出演。11歳の時に 「Dead End (1935年) でブロードウェイ・デビューし、15歳の時に1本だけ映画 『One Third of a Nation(1939年/主演:シルヴィア・シドニー にも出演した。
 (右の写真) 『One Third of a Nation 』 でのシドニー・ルメット
One_Third_of_a_Nation
 * イディッシュ劇場 … イディッシュ語(ユダヤ人の言語)での舞台劇が上演されるユダヤ人コミュニティーの劇場の総称。

 ・コロンビア大学に入学するも、徴兵制により1942年から3年間、インドやビルマでレーダーの修理係として軍務に就いた。除隊後、ニューヨークのグリニッ ジ・ビレッジで劇団を組織し、約3年間、オフ・ブロードウェイで活動。この時期、俳優業に見切りをつけ、演出を手掛けるようになった。

 ・CBS-TVにアシスタント・ディレクターとして招かれ、1952年から、ディレクターとして年に100本近くのドラマを手掛けた。撮影が早く、多作の監督として知られていたが、そのスタイルはTV時代に培ったものだった。

with_Sidney_Lumet
 ・初の劇場用映画 『十二人の怒れる男』 (1957年) がベルリン国際映画祭の金熊賞を受賞。アカデミー賞でも、作品賞、監督賞、脚色賞の3部門でノミネートされた。
 TV出身者では、『マーティ』 (1955年) のデルバート・マンに続いて大きな成功を収めた。
  (左の写真) 『十二人の怒れる男』 撮影時。ヘンリー・フォンダ(右) と
  *  『マーティ』 … カンヌ国際映画祭のパルム・ドール大賞、アカデミー賞の作品賞、監督賞等4部門を受賞した。
  
* TV出身の映画監督 … アーサー・ペン、ロバート・アルトマン、ジョン・フランケンハイマー、TV版 「十二人の怒れる男」 (1954年) を
   監督したフランクリン・J・シャフナー等がいる。

The_Fugitive_Kind
Long_Day's_Journey_into_Night
『蛇皮の服を着た男』 (1960年) 撮影時。マーロン・ブランド(左)と
『夜への長い旅路』 (1962年) 撮影時。キャサリン・ヘップバーン

 ・ナチスの強制収容所で悪夢のような経験をしたユダヤ人男性の悲劇と魂の救済を描いた『質屋』 (1964年)、核戦争の危機を描いた 『未知への飛行』 (1964年)、軍刑務所内の非人道的な様子を描いた 『丘』 (1965年/イギリス) 等々、高い評価を得ている名作を撮ったが、商業的には芳しい成績を収めることが出来なかった。
 (右の写真) 『丘』 のショーン・コネリー
The_Hill

Serpico-2
 ・ニューヨーク市警の腐敗に立ち向かった実在の警察官を描いた 『セルピコ』 (1973年) が大ヒット。キャリアの絶頂期を迎えた。
 (左の写真) 『セルピコ』 撮影時。アル・パチーノ(右) と

 ・豪華キャストによるミステリー作品 『オリエント急行殺人事件』 (1974年) も大ヒット。商業的な娯楽作品においてもその手腕を発揮し、イングリッド・バーグマンにアカデミー賞助演女優賞をもたらした。
 (右の写真) 『オリエント急行殺人事件』 出演者たちと。一番手前がルメット監督
Murder_on_the_Orient_Express-2

Dog_Day_Afternoon-2  ・再びアル・パチーノと組み、今度は実在の銀行強盗犯を演じさせた 『狼たちの午後』 (1975年) は、ルメット監督のキャリアで最大のヒット作となった。
 アカデミー賞の作品賞、監督賞など6部門でノミネートされ、脚本賞を受賞。
  (左の写真) 『狼たちの午後』 撮影時。アル・パチーノ(右)と

 ・TV業界の内幕を描いた 『ネットワーク』 (1976年) も大ヒットし、アカデミー賞の作品賞、監督賞など10部門でノミネートされ、ピーター・フィンチ (主演男優賞)、フェイ・ダナウェー (主演女優賞)、ベアトリス・ストレイト(助演女優賞) にオスカーをもたらした他、脚本賞を受賞。ハリウッドとは一線を画す、所謂ニューヨーク派を代表する監督としての活躍が続いた。
 (右の写真) 『ネットワーク』 撮影時。フェイ・ダナウェーと
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Equus
The_Wiz
『エクウス』 (1977年) 撮影時。リチャード・バートン(右)と
『ウィズ』 (1978年) 撮影時。マイケル・ジャクソン(右)と

 ・ポール・ニューマンが医療ミスを追及する弁護士を熱演した 『評決』 (1982年) は、アカデミー賞の作品賞、監督賞など5部門でノミネートされた。
 (右の写真) 『評決』 撮影時。シャーロット・ランプリング、ポール・ニューマン(中央) と
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Running_On_Empty
Family_Business
『旅立ちの時』 (1988年) 撮影時。リヴァー・フェニックス (左)と
『ファミリービジネス』 (1989年) 撮影時。ダスティン・ホフマン(右) と

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 ・俳優たちから最高の演技を引き出す監督でもあった。大抵、撮影前に2週間程かけてリハーサルを行っていたという。延べ18人がオスカー候補となり、4人が受賞した。
 * 主演男優 … ロッド・スタイガー (質屋)、アル・パチーノ (セルピコ)、アルバート・フィニー (オリエント急行殺人事件)、アル・パチーノ (狼たちの午後)、ピーター・フィンチ (ネットワーク)、ウィリアム・ホールデン (ネットワーク)、リチャード・バートン (エクウス)、ポール・ニューマン(評決)
 
* 主演女優 … キャサリン・ヘップバーン (夜への長い旅路)、フェイ・ダナウェー (ネットワーク)、
  ジェーン・フォンダ (モーニング・アフター)
 * 助演男優 … クリス・サランドン (狼たちの午後)、ネッド・ビーティ (ネットワーク)、ピーター・ファース (エクウス)、ジェームズ・メーソン
   (評決)、リヴァー・フェニックス (旅立ちの時)
 
* 助演女優 … イングリッド・バーグマン  (オリエント急行殺人事件)、ベアトリス・ストレイト (ネットワーク)

 ・自身は監督賞に4度、『プリンス・オブ・シティ』 (1981年) では脚色賞にノミネートされ、何れも受賞は逃していたが、2005年、アカデミー賞名誉賞を受賞。アル・パチーノがプレゼンターを務めた。 (右の写真) アカデミー賞授賞式でのルメット監督
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 ・『その土曜日、7時58分』 (2007年) が遺作となった。

 ・2011年86歳で他界。

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