20世紀・シネマ・パラダイス

hearttbar
Anne_Bancroft

アン・バンクロフト

Anne Bancroft

 1931- 2005 (アメリカ)


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   代表作

The_Miracle_Worker  奇跡の人
 The Miracle Worker
 (1962年/アメリカ)
The_Pumpkin_Eater-2  女が愛情に渇くとき
 
The Pumpkin Eater
 (1964年/イギリス)
The_Graduate  卒業
 
The Graduate
 (1967年/アメリカ)
The_Turning_Point  愛と喝采の日々
 The Turning Point
 (1977年/アメリカ)
The_Elephant_Man  エレファント・マン
 The Elephant Man
 (1980年/英・米)
Agnes_of_God  アグネス
 Agness of God
 (1985年/アメリカ)

      『奇跡の人』 サリヴァン先生役でアカデミー賞主演女優賞を受賞

 ・1931年、ニューヨーク生れ。本名は Anna Maria Louise Italiano 。両親ともイタリアからの移民だった。高校卒業後、アメリカン演劇アカデミー、アクターズ・スタジオなどで演技を学んだ。

 ・1951年、Anne Marno の芸名でデビュー。数本のTVドラマに出演した後、ハリウッドへ渡り、マリリン・モンローの初ヒロイン作品 『ノックは無用』 (1952年) で銀幕デビュー。この時、芸名を Anne Bancroft に変えた。ハリウッドでは、演技力よりもお色気が求められるB級映画のヒロイン役しか与えらず、ニューヨークに戻った。
Don't_Bother_to_Knock
Gorilla_at_Large
『ノックは無用』 (1952年) マリリン・モンロー(中央)、
リチャード・ウィドマーク

『ゴリラの復讐』 (1954年)

 ・ヘンリー・フォンダ主演の舞台劇 「Two for the Seesaw(1958年) でブロードウェイ・デビュー。ハリウッドでは活かす機会が与えられなかった演技力を発揮し、トニー賞の助演女優賞 (演劇部門) を受賞した。
 (右の写真) 舞台 「Two for the Seesaw 」 出演時。ヘンリー・フォンダと
Two_for_the_Seesaw
  *Two for the Seesaw 」 … ロバート・ミッチャムシャーリー・マクレーン主演 『すれ違いの街角』 (1962年/監督:
   ロバート・ワイズ) として映画化された。


The_Miracle_Worker_Play
 舞台 「Two for the Seesaw 」 の製作者フレッド・コウ、戯曲作家ウィリアム・ギブソン、演出家アーサー・ペンが再び結集した舞台劇 「奇跡の人」 (1959年〜) で、三重苦のヘレン・ケラーの家庭教師アン・サリヴァンを演じ、トニー賞の主演女優賞(演劇部門) を受賞した。
 (左の写真) 舞台 「奇跡の人」 パティ・デューク

 ・映画版 『奇跡の人』 (1962年/監督:アーサー・ペン) でアカデミー賞主演女優賞を受賞。映画化に際し、配給会社ユナイテッド・アーチスツ社は、エリザベス・テイラーオードリー・ヘップバーンといった大スターの起用を要望したが、
アーサー・ペン監督がアン・バンクロフトの起用を譲らなかったという。英アカデミー賞の主演女優賞も受賞した。
 (右の写真) 映画 『奇跡の人』 パティ・デュークと
The_Miracle_Worker-2

Anne_Bancroft_Oscar
 ・アカデミー賞授賞式の日は舞台の公演中だったため欠席し、代理人を名乗り出たジョーン・クロフォードが、因縁の相手ベティ・デイビスの目の前でオスカー像を受け取った。そして、バンクロフト主演の舞台 「Mother Courage and Her Children (1963年) のカーテン・コールの時に、クロフォードからオスカー像を受け取った。
 (左の写真) ジョーン・クロフォード(左) と アン・バンクロフト

 ・イギリス映画 『女が愛情に渇くとき』 (1964年) で、再びアカデミー賞主演女優賞候補に。オスカーは逃したが、2度目の英アカデミー賞主演女優賞、ゴールデン・グローブ賞の主演女優賞(ドラマ部門)、カンヌ国際映画祭の主演女優賞を受賞した。
 (右の写真) 『女が愛情に渇くとき』 ピーター・フィンチと
The_Pumpkin_Eater

Anne_Bancroft_and_Mel_Brooks
 ・私生活では、1953年に最初の結婚をしたが、1957年に離婚。1964年、映画監督のメル・ブルックスと再婚し、彼女が亡くなるまで連れ添った。
 (左の写真) メル・ブルックスと

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7_Women
『いのちの紐』 (1965年/監督:シドニー・ポラック)
『荒野の女たち』 (1966年/監督:ジョン・フォード

 ・『卒業』 (1967年/監督:マイク・ニコルズ) で、3度目のアカデミー賞主演女優賞候補に。オスカーは逃したが、ゴールデン・グローブ賞の主演女優賞 (ミュージカル・コメディ部門) を受賞。‟ミセス・ロビンソン” は、『奇跡の人』 のサリヴァン先生に匹敵する代表的な役柄となった。
 (右の写真) 『卒業』 ダスティン・ホフマンと
The_Graduate-2

Young_Winston
The_Hindenburg
『戦争と冒険』 (1972年/監督:リチャード・アッテンボロー
ロバート・ショウと

『ヒンデンブルグ』 (1975年/監督:ロバート・ワイズ
ジョージ・C・スコットと


Lipstick.
Silent_Movie
『リップスティック』 (1976年)
マーゴ・ヘミングウェイ(左)と

『サイレント・ムービー』 (1976年/監督:メル・ブルックス)
マーティ・フェルドマンと

The_Turning_Point-2
 ・『愛と喝采の日々』 (1977年/監督:ハーバート・ロス) で4度目のアカデミー賞主演女優賞候補に。
  (左の写真) 『愛と喝采の日々』 シャーリー・マクレーン(右)と

 ・『愛と食欲の日々』 (1980年) では監督・脚本・主演の3役をこなし、日本では巧みな宣伝が功を奏し、その年の最大のヒット作となった 『エレファント・マン』 (1980年/監督:デヴィッド・リンチ)『生きるべきか死ぬべきか』 (1942年/監督:エルンスト・ルビッチのリメイク作 『メル・ブルックスの大脱走』 (1983年) 等に出演。
The_Elephant_Man-2.
To_Be_or_Not_To_Be
『エレファント・マン』 (1980年)
ジョン・ハート と
『メル・ブルックスの大脱走』 (1983年)
メル・ブルックス と

 ・『アグネス』 (1985年/監督:ノーマン・ジュイソン) で5度目のアカデミー賞主演女優賞候補に。
 『チャーリング・クロス街84番地』 (1986年)で3度目の英アカデミー賞主演女優賞を受賞。
 (右の写真) 『アグネス』 ジェーン・フォンダ(右)と
Agnes_of_God-2

 ・数多くの舞台やTVでも活躍し、TVドラマ 「Deep in My Heart (1999年) でエミー賞の助演女優賞を受賞。アカデミー賞、トニー賞、エミー賞の演技賞を受賞した数少ない名優の1人となり、最晩年まで第一線で活躍した。

The_Assassin
G.I._Jane
『アサシン 暗・殺・者』 (1993年)
 ブリジット・フォンダ(左)と

G..I. ジェーン』 (1997年/監督:リドリー・スコット)
デミ・ムーア(右)と


 ・2005年73歳で他界。葬儀では、ポール・サイモンが大ヒット曲 ‟ミセス・ロビンソン” を唄い、パティ・デュークが弔辞を述べた。

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