20世紀・シネマ・パラダ イス

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     サンセット大通り
     Sunset Boulvard
     監督:ビリー・ワイルダー
     (1950年/アメリカ)
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 ハリウッ ドのスキャンダルを描いた不朽の名作

 ハリウッドのサンセット大通りに面する、とある大邸宅で殺人事件が発生。
 警官隊や新聞記者が駆けつけると、プールに若い男の死体が浮かんでいた。男はB級映画の脚本家ジョー・ギリ ス
  「欲しがっていたプールをこんな形で手にいれるなんて…
 ジョーの回想として、事件の顛末が明らかにされる…。
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 半年程前。脚本が売れず、首の回らなくなったジョーは、知己であるパラマウント社のプロ デューサーに脚本を売り込みに行った。「20世紀FOX社も興味を持っている…。でも、タイロン・パワーじゃ無理だ。アラン・ラッドならハマリ役 だ…」。しかし、若手の脚本部員ベティ・シェーファーから も 駄作と言われる ような作品で、相手にされなかった。
 ジョーは車のローンを滞納しており、取り立て屋に追われ、逃げ込んだ先が、サンセット大通 りに面する荒れ果てた大邸宅だった。
 彼は葬儀屋と間違われ (主のペットのサルが死んだばかりだった)、女主と対面。
 無声映画時代の大ス ター、ノーマ・デズモンドだった。
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 「私は大物よ。小さくなったのは映画の方だわ 」。世間からはすっかり忘 れ去られたノーマだが、今でも世界中のファンが復帰を待ち望んでいると思い込んでいた。ジョーが作家だと知った彼女は、復帰作として執筆していた脚本の手 直しを要求した。「『サロメ』よ。監督はデミルよ 」。
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 ジョーは給料をふっかけ、脚本の手直しを引き受けることにし、その日は離れに泊まった。
 翌朝。目を覚ますと、アパートの荷物が全て、ノーマの執事マックスによって運び込まれてい た。ジョーは住込みで脚本の手直しをするハメに…。

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 『サンセット大通り』 予告編


  主な出演者など

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 ジョー・ギリス役ウィリアム・ホールデン William Holden
 ノーマ・デズモンド役グ ロリア・スワンソン Gloria Swanson
 マックス役エリッヒ・フォン・シュトロハイム Erich Von Stroheim
 ベティ・シェーファー役 … ナンシー・オルソン Nancy Olson

 ・名コンビだったビリー・ワイ ルダー とチャールズ・ブラケットの最後のコラボ作品。当初は2人で脚本を執筆していたが、行 き詰りを打破するため、ジャーナリストのD・M・マーシュマン・Jr が雇われた。彼がLife 誌に寄せた 『皇帝円舞曲』 (1948年) の批評がきっかけだった。
  (右の写真) 左から、ブラケット、スワンソン、ワイルダー
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 ・主演男優は、内定していたモンゴメリー・クリフトが撮影直前に辞退。マーロン・ブランド、フレッド・マクマ レーなども候補だった。
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  ウィリアム・ホールデンは、恵まれたデビューをしたものの、その後は作品に恵まれず、また、第二次世界大戦中は入隊し、4年近く銀幕から離れていたことも あって、鳴かず飛ばずの状況だったが、本作をきっかけに大スターとなった。出演料は30,000ドル。モンゴメリー・クリフトに予定されていた金額の半分 以下だった。
  (左の写真) 撮影時。ワイルダー監督(左)とホールデン

 ・主演女優は、グレタ・ガルボノーマ・シアラーメア リー・ピックフォードポーラ・ネグリ、メイ・ウエストが候補となったが、いずれ も話がまとまらなかった。当初の構想では、無声映画の大女優が悪戦苦闘の末に銀幕復帰を果たすというコメディ作品だったが、彼女たちの誰かが出演していれ ば、コメディ作品になっていたのかもしれない。
 グロリア・スワンソンは、ジョー ジ・キューカーの推薦だった。脚本に興味を示したものの、スクリーン・テストを受けることを渋ったスワンソンを説得したのもキューカーだった。
  (右の写真) 撮影時。スワンソンとワイルダー監督

 映画の中のノーマはトーキーを毛嫌いしているが、スワンソン本人は、自身
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初のトーキー作品でオスカー候補にもなっている。但し、1930年代には人気が凋落し、41 年に銀幕からは引退。9年ぶりの復帰作であり、役柄同様、映画ファンからは忘れ去られた過去の大女優といった状況だった。出演料は50,000ドル。

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 ・スワンソンの起用が決まり、脚本は大幅に書き直された。スワンソンは、30数年ぶりに ‟水着美人” も披露。「メーベルには、よく足を踏まれたわ 」との台詞を吐く。スワンソンは、メーベル・ノーマンドとは共演したことは ないが、ノーマ・デズモンドの役名は、メーベル・ノーマンドとウィリアム・デズモンド・テイラー監督が由来となっている。(詳 細はこちら
  (左の写真) ‟水着美人”に扮したグロリア・スワンソン
 チャップリンのモノマネを披露 し、「ヴァレンチノの勧めで、床をタイルに換えた 」とのホールで、タンゴ (ヴァレンチノと言えばタンゴ) を踊るシーンがあるが、スワンソンは、チャップリンとも、ルドルフ・ヴァレンチノと も共演したこともある。 (右の写真) スワンソンの宣伝用写真

 ・この映画の成功は、スワンソンの名演技なしにはあり得ない。特にラスト、
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正気を失ったノーマが、ニュース映画の撮影隊を、デミル映画のそれと思い込み、「サロメ」 を演じながら階段を下りていくシーンは、何度観ても目が釘付けになる。この撮影の終了後、スタジオ内は盛大な拍手に包まれ、スワンソンの眼には涙が溢れて いたという。
 ハリウッド映画史に残る、圧巻の名演技だった。
 (左の写真) 映画のラストでのスワンソン

 ・執事のマックス役には、スワンソンと因縁浅からぬエリッヒ・フォン・シュトロハイムが起 用された。
 ノーマが鑑賞する映画を 『Queen Kelly (1929年) にするよう提案し、ノーマに届くファンレターは、実はマックスが
送っていたという設定を提案したのもシュトロハイムだった という。やはり大した映画人である。「私はかつて、グリフィスやデミルのように、将来を嘱望された映画監督でした…」 という実人生そのもの、自虐的な台詞までも発して見せた。ワイルダー監督の 『熱砂の秘密』 (1943年) にも出演しており、信頼関係があったのだろう。
  (右の写真) 撮影時。左から、ワイルダー監督、スワンソン、シュトロハイム

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 ・大女優スワンソンの育ての親とも言える大御所セシル・B・デミル監督が本人役で出演。映画にリアリティーを与えるのに効果てき 面だった。
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 2人が再会するシーンは、ドキュメンタリーを観ているような錯覚に陥ってしまう。予備知識 も持たずに観ても十分に楽しめるが、色々な事を知って観ると面白味が増す。それは、製作サイドが意図したことでもあるからだ。
  (左の写真) 撮影時。左から、ワイルダー監督、スワンソン、デミル
 
 デミルは、出演条件として、10,000ドルと新車のキャデラックを要求。映画の
中では、「車ぐらい俺が買ってやる 」 と格好良い台詞を発したデミルが、新車を要求していたという裏話も。

 ・ノーマとトランプ・ゲームをするバスター・キートン、H・B・ワーナー、アンナ・Q・ニルソンの3人は、エンド・ロール で本人役とクレジットされているものの、映画の中では、「無声映画で俳優だった者たち…」 としか紹介されず、ジョーに、「ロウ人形 のようだ 」 と言われてしまう役柄。余りと言えば余りに酷い出演だった。
 (右の写真) 撮影時。左から、キートン、スワンソン、ニルソン、ワーナー
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 女優からゴシップ・コラムニストに転身して名を馳せたヘッダ・ホッパーも本人役で出演。 ギャ ラは、キートン1,000ドル、ワーナー1,250ドル、ニルソン250ドル、ホッパー5,000ドルだった。
 参考までに、1920年代、‟ハリウッドの女王” と称され、派手な私生活が喧伝されたスワンソンの1週間の食費が1,000ドルと言われていた。
  (左の写真) 映画のラスト近く。シュトロハイムとホッパー

Holden
Swanson
Stroheim
Wilder

 ・パラマウント社によるプライベート試写会の後、バーバラ・スタンウィックはスワンソンの前に跪き、ドレスの裾にキスをした。
 その一方、ルイス・B・メイヤーは怒り心頭で、ワイルダー監督に食って掛かったという。
 映画スターは大衆の憧れの的であり、呼び名の如く、いつでも星のように輝いていなければならない。銀幕の外においても、高価な衣装を身に纏い、
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華やかなパーティーに集う姿などが、殊更に広報された。デビュー当時のマーロン・ブランド が、TシャツにGパンで撮影所に出入りする姿に、眉をひそめた関係者も多かったという。映画の都ハリウッドを、栄華の都ともするように努めてきた メイヤーのような人間にとって、ハリウッド・スターをスキャンダラスに描いた本作は許し難いものであり、当時は、メイヤーと同じ思いを抱いた映画人も多 かったようだ。

 ・アカデミー賞では、11部門でノミネートされたが、主要部門は全て受賞を逃し、脚本賞、 美術監督・装置賞(白黒部門)、劇・喜劇映画音楽賞の3部門での受賞に留まった。
 (右の写真) ニューヨークの会場で授賞式の模様を見守った人たち。
 手前左から、ジュディ・ホリディ、ホセ・フェラー、グロリア・スワンソン、
 ジョージ・キューカー、セレステ・ホルム

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 ・AFI (アメリカ映画協会) が1998年に選定した 「アメリカ映画100年ベスト100」 で、第12位。賞レースにおいて苦杯を舐めさせられたライバル作品 『イヴの総て』 (第16位) よりも上位にランクされた。
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 ・AFI が2005年に選定した 「アメリカ映画名セリフ・ベスト100」 で、ノーマが発した 「デミル監督、クローズ・アップを All right, Mr. DeMille, I'm ready for my close-up 」 が第7位、同じくノーマが発した 「私は大物よ、小 さくなったのは映画の方だわ I am big,  It's the pictures that got small 」 が第24位に選出された。
 少し長くなりましたが、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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