20世紀・シネマ・パラダイス

Megaphonebar
Vincente_Minnelli

ヴィンセント・ミネリ

 
Vincente Minnelli

  1903-1986 (アメリカ)

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  ◆ 代表作

Meet_Me_in_St._Louis
 若草の頃
 Meet Me in St. Louis
  (1944年/アメリカ)
Father_of_the_Bride
 花嫁の父
  Father of the Bride
 (1950年/アメリカ)
An_American_in_Paris
 巴里のアメリカ人
  An American in Paris
  (1951年/アメリカ)
The_Band_Wagon
 バンド・ワゴン
 The Band Wagon
  (1953年/アメリカ)
Lust_for_Life
 炎の人ゴッホ
  Lust for Life
 (1956年/アメリカ)
 
Gigi
 恋の手ほどき
 Gigi
 (1958年/アメリカ)

    MGM社ミュージカル黄金期の一翼を担う

 ・1903年、イリノイ州シカゴ生れ。父親が音楽指揮者を務めるミネリ・ブラザーズ・テント劇団 に、子役として出演していた。高校卒業後、デパートのショーウインドーの飾りつけ、カメラマンの助手を経て、シカゴ劇場で衣装デザイナーとなった。1930 年、ニューヨークへ移り、ミュージカル劇の衣装デザイナー、美術監督として活躍。一時期、ラジオ・シティ・ミュージック・ホールの美術監督に就任もし、 30年代後半からは、舞台演出も手掛けるようになった。

 ・1940年、製作者のアーサー・フリードに招かれ、MGM社と契約。ミッキー・ルーニージュディ・ガーランドの主演の 『ブロードウェイ』 (1941年/監督:バスビー・バークレー) の一部を演出する等の仕事を経て、オール黒人キャストの『キャビン・イン・ザ・スカイ』 (1943年) で、映画監督としてデビュー。ガーランド主演の 『若草の頃』 (1944年) が大ヒットし、映画監督としての地位を確立した。 (右の写真) 『若草の頃』 撮影時。ジュディ・ガーランドと Meet_Me_in_St._Louis-2

Vincente_Minnelli-2  ・1945年、ジュディ・ガーランドと結婚 (彼女は再婚)
 翌46年には、後にオスカー女優となるライザ・ミネリを授かった。
 『踊る海賊』(1948年) 等、夫婦で組んだ映画も製作されたが、51年に離婚した。
  (左の写真) ジュディ・ガーランド、娘のライザ・ミネリと

 ・文芸作品 『ボヴァリー夫人』 (1949年)、コメディ・タッチのファミリー・ドラマ 『花嫁の父』 (1950年)、ハリウッドの内幕を描いた 『悪人と美女』 (1952年) 等、非ミュージカル作品も手掛けた。特に、『花嫁の父』 は大ヒットし、続編 『可愛い配当』 (1951年) も製作された。
  (右の写真) 『ボヴァリー夫人』 撮影時。左から、ミネリ監督、ジェニファー・ジョーンズ
   ルイ・ジュールダン

Madame_Bovary

An_American_in_Paris-2
 ・『巴里のアメリカ人』 (1951年) は、アカデミー賞で作品賞を含む6部門で受賞。ミネリ監督の代表作となっただけでなく、30〜50年代にかけて、数多くの傑作を世に送り出したMGM社のミュージカルの中でも、最高峰に君臨する1作となった。
  (左の写真) 『巴里のアメリカ人』 撮影時。左から、ミネリ監督、ジーン・ケリー
   レスリー・キャロン

Tea_and_Sympathy

Lust_for_Life
『お茶と同情』 (1956年) 撮影時。左から、デボラ・カー
ミネリ監督、ジョン・カー
『炎の人ゴッホ』 (1956年) 撮影時。左から、アンソニー・クイン
ミネリ監督、カーク・ダグラス

 ・『恋の手ほどき』 (1958年) は、アカデミー賞で、作品賞を含む9部門でノミネートされ、その全てで受賞という快挙を達成。『風と共に去りぬ』 (1939年)、『地上より永遠に』 (1953年) の8部門を上回る最多受賞記録 (当時) を樹立。
 ミネリ監督は、『巴里のアメリカ人』 以来、2度目のノミネーションで初の監督賞受賞を果たした。
  (右の写真) アカデミー賞授賞式にて。プレゼンターのミリー・パーキンスと
Minnelli_Oscar

The_Sandpiper
 ・1962年、MGM社を退社。22年間の在籍は、映画監督としては同社の最長記録だった。
 その後も、エリザベス・テイラーリチャード・バートン夫妻 (当時) 主演の 『いそしぎ』 (1965年)、バーブラ・ストライサンド主演の 『晴れた日に永遠が見える』 (1970年) 等を監督。 (左の写真) 『いそしぎ』 撮影時。左から、ミネリ監督、エリザベス・テイラー、リチャード・バートン

 ・娘のライザ・ミネリ主演の 『ザ・スター』 (1976年) が、最後の監督作品となった。ちなみに、同作は、シャルル・ボワイエの遺作でもあり、イングリッド・バーグマンとイザベラ・ロッセリーニの親子の唯一の共演作ともなった。
 (右の写真) 『ザ・スター』 撮影時。ライザ・ミネリと

 
1986年83歳で他界。
A_Matter_of_Time

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