20世紀・シネマ・パラダイス

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Ronald Colman

ロナルド・コールマン

Ronald Colman

   
1891-1958 (イギリス)


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     代表作
 
Stella_Dallas-3
Cynara-2
ステラ・ダラス
Stella Dallas
(1925年/アメリカ)
シナラ
Cynara
(1932年/アメリカ)
Lost Horizon The_Prison_of_Zenda-3
失はれた地平線
Lost Horizon
(1937年/アメリカ)
ゼンダ城の虜
The Prison of Zenda
(1937年/アメリカ)
Random Harvest
A Double Life
心の旅路
Random Harvest

(1942年/アメリカ)
二重生活
A Double Life
(1947年/アメリカ)


    トレードマークの口髭にその名がついた人気俳優

 ・1891年、イギリスのサリー州生れ。汽船会社で働く傍ら、アマチュア劇団で演技をしていた。第1次世界大戦中、フランス西部戦線で足を負傷し、帰還。怪我の回復後、プロの役者として舞台に立つようになり、短編映画『The Live Wire(1917年)で銀幕デビュー。その後、数本の映画に出演したが、不況のイギリスを見限り、1920年に渡米した。

 ・1921年、ブロードウェイ・デビュー。舞台を観たリリアン・ギッシュに、『ホワイト・シスター』(1923年)での相手役に抜擢され、映画スターとしての地位を確立した。
 (右の写真)『ホワイト・シスター』 リリアン・ギッシュと
 * 『ホワイト・シスター』 … 1933年、ヘレン・ヘイズクラーク・ゲーブル主演で再映画化
The White Sister

 ・独立系の映画製作者サミュエル・ゴールドウィンと契約し、同社の看板スターとなった。特に、ヴィルマ・バンキーとのコンビは、MGM社のグレタ・ガルボジョン・ギルバートのコンビと匹敵する人気を誇った。
 * ヴィルマ・バンキー … ルドルフ・ヴァレンチノと共演した『荒鷲』(1925年)、『熱砂の舞』(1926年)等も有名。
The_Dark_Angel Stella_Dallas-2
『ダーク・エンジェル』(1925年) ヴィルマ・バンキーと 『ステラ・ダラス』(1925年)  ロイス・モランと
Lady_Windermere's_Fan
Beau_Geste
『ウインダミア夫人の扇』(1925年/監督:エルンスト・ルビッチ
メイ・マカヴォイと
『ボー・ジェスト』(1926年)
ラルフ・フォーブス(左)、ニール・ハミルトン(右)と
The_Winning_of_Barbara_Worth The_Magic_Flame
『夢想の楽園』(1926年)
ヴィルマ・バンキー、ゲーリー・クーパー(右)と
魔炎』(1927年)
ヴィルマ・バンキーと

 * 『ステラ・ダラス』 … 1937年、バーバラ・スタンウィック主演で再映画化 
 *
ボー・ジェスト』 … 1939年、ゲーリー・クーパー主演で再映画化

 ・トーキーの時代に入ると、その美声が大いに受け、益々活躍。『ブルドッグ・ドラモンド』と『曳かれ行く男』(1929年)の演技により、アカデミー賞主演男優賞にノミネートされた。
Bulldog_Drummond
Condemned
『ブルドッグ・ドラモンド』
ジョーン・ベネット
『曳かれ行く男』
アン・ハーディング

Arrowsmith-2
Cynara-3
『人類の戦士』(1931年/監督:ジョン・フォード
ヘレン・ヘイズ
『シナラ』(1931年/監督:キング・ヴィダー
 ケイ・フランシスと
Lost_Horizon-2
The_Prisoner_of_Zenda-2
『失はれた地平線』(1937年/監督:フランク・キャプラ
ジェーン・ワイアットと
『ゼンダ城の虜』(1937年)
マデリーン・キャロル
Lucky_Partners
The_Talk_of_the_Town.
『ラッキー・パートナー』(1940年/監督:ルイス・マイルストーン
ジンジャー・ロジャース

『希望の降る街』(1941年/監督:ジョージ・スティーヴンス
ケーリー・グラント(左)、ジーン・アーサー

 ・メロドラマの古典『心の旅路』(1942年/監督:マーヴィン・ルロイで、2度目のアカデミー賞主演男優賞候補に。
Random Harvest-2 Kismet
『心の旅路』
グリア・ガースン
自身初のカラー 『キスメット』(1944年)
マレーネ・ディートリッヒ


 ・シェークスピアの「オセロ」を演じる俳優が、役と自身との区別がつかなくなるという難役を見事に演じた『二重生活』(1947年/監督:ジョージ・キューカー念願のアカデミー賞主演男優賞を受賞。
 (右の写真)『二重生活』 シグネ・ハッソと
A_Double_Life-3

Ronald Colman Oscar
 ・1950年代は、TV、ラジオを中心に活躍。
 オールスターキャストの『80日間世界一周』(1956年) で、6年ぶりに銀幕復帰。
 マルクス兄弟と共演した『The Story of Mankind(1957年)が最後の劇場用映画となった。
 (左の写真) オスカー像を手にするロナルド・コールマン

 ・私生活では、『ホワイト・シスター』(1923年)で共演もした女優のセルマ・レイと1920年に結婚したが、1934年に離婚。1938年、女優のベニタ・ヒュームと再婚し、娘を授かった。
 ベニタ・ヒュームは、コールマンに先立たれた後、ジョージ・サンダースと再婚。サンダース主演の『未知空間の恐怖/光る眼』(1960年)は、コールマン主演で企画されていた作品だった。
 (右の写真)2番目の妻、ベニタ・ヒュームと
Benita_Hume

 ・淀川長治さん曰く、‟パーフェクト・ジェントルマン”。甘いマスクと魅惑的な声の英国紳士として高い人気を誇った。
 日本ではその昔(今でも?)、彼のような髭をそのものずばり「コールマン髭」と呼んでいた。このことでも、人気が高かったことがうかがい知れる。

 ・1958年67歳で他界。

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