20世紀・シネマ・パラダイス
アン・バクスター
Anne Baxter
1923-1985 (アメリカ)
◆
代表作
偉大なるアンバーソン家の人々
The Magnificent Ambersons
(1942年/アメリカ)
熱砂の秘密
Five Graves to Cairo
(1943年/アメリカ)
剃刀の刃
The Razor's Edge
(1946年/アメリカ)
イヴの総て
All About Eve
(1950年/アメリカ)
私は告白する
I Confess
(1953年/アメリカ)
十戒
The Ten Commandments
(1956年/アメリカ)
◆
『イヴの総て』でイヴ・ハリントン役を好演
・
1923年
、インディアナ州生れ。10歳の時に
ヘレン・ヘイズ
の舞台を観て女優を志し、13歳の時にブロードウェイの舞台劇「
Seen But Not Heard
」でデビュー。その後も舞台でキャリアを積んでいたが、この間、演劇学校で著名な演技指導者マリア・オースペンスカヤに師事していた。
*
マリア・オースペンスカヤ … ロシア出身の女優。
『孔雀夫人』
(1936年)、
『哀愁』
(1940年)等に出演。
・1940年、ハリウッドへ向かい、20世紀FOX社と契約。MGM社に貸し出されて出演した『
20 Mule Team
』
(1940年)
で銀幕デビューしたが、20世紀FOX社と契約する前に、
『レベッカ』
(1940年/監督:
アルフレッド・ヒッチコック
)
のスクリーン・テストを受けたが、若過ぎるとの理由で不合格となっている。
(右の写真)『スワンプ・ウォーター』(1941年/監督:
ジャン・ルノワール
)
ダナ・アンドリュース
と
・RKO社に貸し出されて出演した『偉大なるアンバーソン家の人々』
(1942年/監督:
オーソン・ウェルズ
)
でブレイク。
ハリウッドに向かう前、ブロードウェイ劇「フィラデルフィア物語」
(1939年)
に一旦配役されたが、主役で興行主でもあった
キャサリン・ヘップバーン
が彼女の演技に不満で降板させられた。この時に共演者だった
ジョゼフ・コットン
が彼女のことを覚えており、『偉大なるアンバーソン家の人々』への出演となった。
(左の写真)『偉大なるアンバーソン家の人々』
ジョゼフ・コットンと
『熱砂の秘密』
(1943年/監督:
ビリー・ワイルダー
)
エリッヒ・フォン・シュトロハイム
と
『悪魔と天使』(1946年)
ポール・ムニ(中央)、
クロード・レインズ
と
・『剃刀の刃』
(1946年)
でアルコール中毒の女性を演じ、アカデミー賞の助演女優賞を受賞。
(右の写真)『剃刀の刃』
タイロン・パワー
と
・アカデミー賞の受賞スピーチでは、製作者の
ダリル・F・ザナック
と監督のエドマンド・グールディングに感謝の言葉を捧げた。
(左の写真)アカデミー賞授賞式にて
『
Blaze of Noon
』(1947年)
ウィリアム・ホールデン
と
『廃墟の群盗』
(1948年/監督:
ウィリアム・A・ウェルマン
)
グレゴリー・ペック
と
・
『イヴの総て』
(1950年/監督:
ジョゼフ・L・マンキーウィッツ
)
は1番の代表作となった。アカデミー賞助演女優賞の本命との前評判だったが、彼女が主演女優賞を狙ったため、
ベティ・デイビス
とのダブル・ノミネートとなって共倒れしたと言われている。
(右の写真)『イヴの総て』
ジョージ・サンダース
と
・20世紀FOX社との契約終了後、ワーナー・ブラザース社でフィルム・ノワール作品『私は告白する』
(1953年/監督:アルフレッド・ヒッチコック)
、『青いガーディニア』
(1953年/監督:
フリッツ・ラング
)
、パラマウント社で大作史劇
『十戒』
(1956年/監督:
セシル・B・デミル
)
等に出演。
『私は告白する』(1953年)
モンゴメリー・クリフト
と
『十戒』(1956年)
チャールトン・ヘストン
と
・1971年、自身の代表作『イヴの総て』をミュージカル風にアレンジしたブロードウェイ劇「
Applause
」に出演。映画ではベティ・デイビスが演じたマーゴ・チャニング役を
ローレン・バコール
から引き継ぐ形で演じた。
(左の写真)舞台「
Applause
」イヴ役のペニー・フラー(左)と
・1960年代以降はTVでの活動が中心になった。「刑事コロンボ」シリーズの「偶像のレクイエム」
(1973年)
には、『熱砂の秘密』、『イヴの総て』、『十戒』等での彼女の衣装をデザインした
イーディス・ヘッド
と一緒に出演。2人は大親友で、イーディス・ヘットはアン・バクスターの娘
(次女)
の名付け親にもなった。
(右の写真)TVドラマ「刑事コロンボ」 ピーター・フォーク(後)、イーディス・ヘッド(右)と
・私生活では、『
Sunday Dinner for a Soldier
』
(1944年)
で共演したジョン・ホディアクと1946年に結婚。
長女を授かり、
クラーク・ゲーブル
主演の『帰郷』
(1947年)
で共演もしたが、1953年に離婚。『17年目の恋の季節』
(1960年)
の撮影でオーストラリア滞在中に出会った牧場主と再婚し、2人の娘を授かったが1969年に離婚。1977年に3度目の結婚をしたが、僅か9ヶ月後に相手の男性が亡くなった。
(左の写真)『帰郷』最初の夫ジョン・ホディアクと
・彼女の祖父は、近代建築の3大巨匠の1人で、日本の帝国ホテルの旧館等を設計したフランク・ロイド・ライト。
(右の写真)祖父のフランク・ロイド・ライトと
・
1985年
、
62歳
で他界。ニューヨークでタクシーを待っている時に脳卒中で倒れ、脳死と診断された。その後、家族が同意するまでの8日間、生命維持の措置が施されていたという。
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